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皆川氏系の城

 

 2007年1月28日。

 今年最初の活動は、

 幸いにも天気に恵まれた。

 今日は島遼伍先生をはじめとし、

 車2台、合計6人で栃木市方面へと足を運んだ。

 今日見に行った城は皆川氏系の城である。

 

 まずは皆川氏の居城である皆川城を見に行った。

 片手に鳥瞰図を持ち、

 頻繁に鳥瞰図と現在地を確かめながら歩いた。

 皆川城は山城だが、

 とても見やすく整備されている。

 堀の深さと言い土塁の高さと言い、

 その姿を間近で見ると、

 実に見事だと思う。

 

 現在、

 皆川城では公園の整備が進められている。

 その工事で、

 以前訪れた時よりも姿がかなり変わった。

 遺構も少なからず破壊されてしまった気もする。

 整備が終わった形がどうなっているのか、

 注目に値するところだ。

  

 皆川城の次に目指した城は、

 瀧ノ入大屋敷。

 皆川城のちょうど真南に位置している。

 伝承によると、

 長沼氏(皆川氏)が現在の福島県南部より帰郷し、

 ここにしばらく身を潜めていたという。

 遺構はゴルフ場になって破壊されてしまい、

 その名残と思われる箇所しか見ることができない。

 とても残念なことである。

 

 瀧ノ入大屋敷を見た後で昼食。

 朝早くに出発したものの、

 じっくりと城を見てまわると、

 時間が経つのは実に早いものだ。

 

 昼食が終わり、

 午後の部がスタート。

 午後最初に訪れた城は、

 太平山城。

 

 太平山城へは、

 太平山神社付近まで車で登ることができ、

 あとは徒歩で行くことになる。

 そしてしばらく登ると頂上に着く。

 頂上には富士浅間神社があり、 

 ここが同時に太平山城の本丸跡でもある。

 ちなみに太平山は、

 「陸の松島」

 とも言われ、

 絶景を楽しめる場所でもある。

 

 太平山城の次は、

 大平町にある白石城を見に行った。

 しかし、

 現地に着いて驚くべきことが発覚した。

 かつては城跡と見なされていたけれども、

 現在では見解が変わって、

 名主の館跡という形になっている。

 名前も白石城から戸長屋敷へと改められた。

 こういうこともあるのかと、

 予想だにしない出来事を体験した。 

 

 戸長屋敷を見終えた時点で、

 時計の針は夕刻に迫っていた。

 遠征終了。

 その帰り道、

 急遽、島先生の提案で、

 都賀町にある細井城に立ち寄った。

 細井城は現在光明寺という寺が建っている。

 その寺を囲むように、

 土塁が四方に現存している。

 なかなか見事な土塁であり、

 見応えがある。 

 

  

 メンバーの1人が、

 事前に皆川氏についての資料と今日見る城の資料を用意してくださり、

 また今日見る城のルートも考えてくださって、

 余裕をもってゆっくりと城を見て回ることができました。

 お疲れさまでした。

 

 最後になりますが、

 島先生、

 お忙しい中、貴重な時間を割いていただき、

 ありがとうございました。

 

 

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