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中村城

 

 

所在地・・・栃木県真岡市中

築城年・・・1156年?

築城者・・・藤原朝宗

主な城主・・・中村氏

 

中村経長

 中村経長の時代が、南北朝の動乱期である。
 経長は、伊達行朝と共に北畠顕家の軍に従って戦ったが、
伊佐城で高師冬に破れた。経長は中村城に逃れ、宇都宮公綱を頼ったのである。

落城

 1544年、中村城は水谷正村(蟠竜斎)に攻められた。時の城主中村玄角は、子時長と防戦したが討死した。
 時長は城を焼いて宇都宮に逃れ、その後米沢に行き伊達政村の家臣となった。これによって、1545年、城は廃城となった。
 1546年、宇都宮尚綱は中村城の奪還を図る。尚綱は武田信隆に軍勢を与えて、水谷正村(蟠竜斎)の居城
久下田城を攻めさせたが破れ、中村の土地は水谷正村(蟠竜斎)の領地となった。 

伊達家の祖?

 藤原朝宗の子、宗村は源頼朝に従って奥州征伐に行った。その時の功により、宗村は伊達郡と信夫郡を与えられた。宗村は長男義広と同地に住み、伊達氏を称したという。
 したがって、2代目の中村城主は、宗村の2男朝定が継いだのである。
 だが、中村氏が伊達家の祖であることに疑問を抱く。本当にそうなのかもしれないし、後世になってから作られたものなのかもしれない。
 ただ一つ言える事実は、中村時長が伊達政村の家臣となっていることであり、伊達家内での時長の待遇は良かったようである。よそ者に対し、それだけの待遇を与えるということは、中村氏と伊達氏に何か関係があることを意味しているのだろうか?
  

 

<現在の状況>

 残る内堀が、中村城の広大な様子をうかがわせる。真岡市を訪れた際は、立ち寄ってみたい場所である。ちなみに、中村城の近くにある中村八幡宮では、毎年流鏑馬が行われている。鎌倉時代から続いている伝統行事も見物である。

オススメ度 ★★★☆☆

 

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