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箕輪城

 

   

 

所在地・・・栃木県下野市箕輪(旧国分寺町)

築城年・・・不明

築城者・・・不明

主な城主・・・薬師寺氏か藤井氏、壬生氏

 

南北朝の動乱

 鎌倉時代から室町時代にかけて、国分寺町は小山一門の薬師寺氏、あるいは藤井氏の所領であったと考えられているが、1339年に南朝に攻め落とされていることから、北朝方の城であったことが分かる。この時、小山氏、藤井氏は南朝方に与していたから、つじつまが合わない。そこで薬師寺氏はというと、この時の当主公義は足利尊氏の執事高師直と友好関係にあり、小山本家と袂を分かって、北朝に属していた。こうした状況から、箕輪城主は薬師寺氏であろうと見た方が妥当である。なお、薬師寺氏はこれ以降、小山氏と敵対関係にある北朝の宇都宮氏の重臣となり、戦国乱世をたくましく駆け抜ける。
 薬師寺城は、築城年代、城主、所領はいっさい不明だが、唯一分かっているのは、1339年2月に南朝方の武将春日中将顕時に攻め落とされているということだけである。

壬生氏が再築城

 一説によると、箕輪城は1462年壬生氏の祖胤業によって築かれたというが、これは壬生町一帯を領する壬生胤業が、小山氏の圧力を意識して設けた出城であろう。

 

 

<現在の状況>

 少し寂しげな林の中に箕輪城跡がある。広さはけっこう広大で、想像以上に遺構が残っており、土塁と堀がかなり良好な形で残っている。

オススメ度 ★★★☆☆

 

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