壬生城
所在地・・・栃木県壬生町本丸1丁目
別称・・・馬蹄城
築城年・・・1462年
築城者・・・壬生胤業
主な城主・・・壬生氏
壬生氏について
壬生氏について二つの説がある。一つは、壬生胤業は京都の公家小槻氏の出であるということと、もう一つは、壬生氏は宇都宮氏の分家であるということである。
前者の“壬生氏は京都小槻氏の出身説”の場合、系譜によると胤業が下野国壬生に住して壬生氏と号したとあるが、当時の壬生周辺の形勢を考えると、ろくに戦もしらない京都貴族が堂々と下野の中央に城を構えることは不可能だといわれ、故に後者の“壬生氏は宇都宮氏の分家説”が有力とされている。
壬生と壬生城
壬生胤業は1463年、壬生新町に館を構え居住地とした。
その後、壬生氏が完璧な居城を築いたのは胤業の子、綱重の代である。綱重は父に協力し、壬生家130年の基礎となった城を築き上げた。平坦地に築城したため、敵の攻撃に備え、黒川を利用したといわれる。現在の黒川は町の東方を流れているが、当時は城の西、つまり町の西方を流れて、城の防御に大きく役立っていたようだ。
こうして館から城となったものを綱雄(4代目)が修築し立派な平城とした。壬生城は本丸の形から馬蹄城ともいわれた。
なお、壬生氏の滅亡は、1590年の豊臣秀吉による小田原城攻めの時である。
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