免鳥城

所在地・・・栃木県佐野市免鳥町(旧佐野市)
別称・・・面鳥城、妻鳥城
築城年・・・1525年
築城者・・・免鳥義昌
主な城主・・・免鳥氏、高瀬満重・忠行、浅羽左衛門・甚内、佐野和泉守
長尾氏との戦い
免鳥城は、唐沢山城の東の支城として築かれた。
1532年頃、赤井勝光が免鳥城を奪ったが、赤井勝光は1559年に館林へと走ったため、佐野氏は1572年、高瀬満重と高瀬忠行を免鳥城に入れた。
1577年、足利城の長尾顕長が免鳥城に攻め込み城を落としたが、佐野宗綱によって奪い返された。
1581年、長尾顕長が再度免鳥城に攻め込み落城させた。佐野宗綱は免鳥城を奪還しようと懸命に戦ったが、その最中に足利勢の援軍が忍城からやってきたため、佐野宗綱はやむなく退却したという。長尾顕長は免鳥城に浅羽左衛門と浅羽甚内を入れた。
1583年、佐野宗綱は足利氏の所領へ攻め込んだが討死してしまった(須花坂の戦い)。佐野家は北条氏政の弟氏忠を養子に迎え、これによって免鳥城は、北条氏に属していた長尾顕長から佐野氏忠へ返還された。
その後、佐野和泉守が免鳥城の城主であったが、1614年に佐野氏が滅亡した際、免鳥城は廃城になった。
<現在の状況>
竹やぶが本丸跡と言われているが、はっきりとした遺構は確認できなかった。
オススメ度 ★☆☆☆☆