小谷城

所在地・・・栃木県小山市大字上生井
築城年・・・鎌倉時代初期
築城者・・・小山氏
主な城主・・・小山氏
名馬の地
1120年、藤原秀郷の末裔である田原俊景がこの地を領した。俊景は「古屋」の地名から「小谷」を称したという。
1148年、小山氏の祖である太田政光が小山の地にやって来た。政光は1154年、小谷へ進出して支配下とした。政光の小谷進出は、同族(藤原氏)の争いであり、この争いの背景には、名馬の地(赤麻)が関わっているらしい。赤麻は小谷
城の西にあり、馬の産地として有名であった。この赤麻に政光が目をつけた可能性は大いにある。
南北朝の時、網戸城主網戸重朝は南北朝の動乱の時に討死にし、重朝の子村重は網戸から生井に移り小谷城主となった。だが、1441年に結城合戦で結城城が落城すると、小谷城も落城した。村重は奥州に逃げ、生井と姓を変えた。
1571年、小山秀綱(20代目)が大橋左京亮を小谷城主として、小谷城は再興する。しかし、1590年小山氏の滅亡とともに小谷城も廃城となる。
<現在の状況>
上生井郵便局から南に城跡はある。石碑は立派だが、遺構をはっきりと確認することはできなかった。
オススメ度 ★☆☆☆☆