騎西城
松平氏、大久保氏
1590年、松平康重が2万石を賜って騎西城に入り、1601年に3万石で笠間へ転封となった。
松平康重の後は、大久保忠隣の子忠常が2万石で騎西城に入ったが、忠常は1611年に死去し、その跡を忠常の子忠職(ただもと)が継いだ。1614年、小田原藩主大久保忠隣が改易となったが、忠職は幼少のために連座を免れ、所領を減らされることもなく騎西城に蟄居となった。忠職は1625年に恩赦となり、1632年には3万石加増となって美濃加納へ転封となった。忠職が転封すると、騎西城は破却されて廃藩となった。
<現在の状況>
騎西城は現在、一部の土塁しか残っていない。その土塁を大切に保存している姿勢が窺える。ちなみに“模擬”天守が建っているが、騎西城に天守はなかった。
オススメ度 ★★☆☆☆