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烏山城

 

   

 

所在地・・・栃木県那須烏山市城山(旧烏山町)

別称・・・臥牛城

築城年・・・1417年

築城者・・・那須資重

主な城主・・・那須氏、織田信雄、成田氏、松下氏、堀氏、板倉氏、那須氏、永井氏、稲垣氏、大久保氏

 

那須家

 那須資重は、那須資氏の次男である。資重は沢村城の沢村氏を継いでいるため、正式には沢村資重だが、便宜上、那須資重とする。
 資重は、兄の資之と対立した。これによって、那須氏は上下(上那須が資之、下那須が資重)に分裂する。資重は、沢村城から稲積城へ移り、稲積城に移って早々に烏山城を築いて烏山城へ移る。
 1514年、上那須氏が滅亡する。そして、下那須の資房(烏山城4代目城主)によって、那須家が統一された。
 烏山城は、8代にわたって繁栄していったが、8代目の資晴の時に誤算が起こる。1590年、秀吉による小田原攻めの際、小田原に駆けつけるのが遅れてしまった。それによって、秀吉の怒りを買い、那須家は所領を没収され、那須家は没落した。

織田信雄

 織田信雄は信長の次男である。小田原攻めの功績で、秀吉から家康の旧領を与えられるが、それでは父の遺領である尾張を手放すことになり、これを拒否する。そのため秀吉の怒りを買い、伊勢、尾張、伊賀の170万石から、2万石の烏山城主として転封となった。
 烏山に移った信雄は、出家して「常真」と号する。信雄は2ヶ月烏山にいて、その後秋田へと移った。

カラスの伝説
 那須資重は最初、この地ではなく、平群山頂に築城しようとしたいたらしい。だが、一羽のカラスが幣束をくわえて、対岸の八高山に飛んでいったのを見て、八高山に築城することにしたという伝説がある。
 

江戸時代へ

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