権現山城

 

   遠望

     

所在地・・・神奈川県横浜市神奈川区

築城年・・・室町時代末期

築城者・・・上田政盛

主な城主・・・上田政盛

 

権現山合戦

 北条早雲は、1491年に伊豆を平定し、1495年には小田原城を奪い取って相模へ進出した。早雲が急速に勢力を拡大できた理由には、扇谷上杉氏と山内上杉氏が争っていた(後に両上杉氏は和睦する)ということが挙げられる。
 1510年、早雲は扇谷上杉氏の家臣上田政盛を味方につけ、扇谷上杉氏・山内上杉氏に対して権現山城で兵を挙げさせた。両上杉軍は2万の大軍で権現山城を攻め、城は落城、早雲の大敗北に終わった。
 権現山合戦の敗北後、早雲は両上杉氏を敵にすることを避け、相模国で最大勢力の三浦氏(扇谷上杉氏重臣)攻略に的を絞った。そして、さらに領土を拡張して行くこととなる。
   

<現在の状況>

 権現山城は現在幸ヶ谷公園となっている。遺構はなく、公園内に「権現山合戦の跡」と書かれた案内板が建つ。

オススメ度 ☆☆☆☆

 

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