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藤岡城

 

本丸跡   二の丸跡

     

所在地・・・栃木県下都賀郡藤岡町大字藤岡

別称・・・花岡城、中泉城

築城年・・・932年

築城者・・・平将門

主な城主・・・佐貫重光、富士氏、藤岡氏

 

平将門とともに・・・

 藤岡城は平将門によって築城されたと言われている。将門が940年に藤原秀郷によって討たれると、藤岡城も滅んだ。
 なおこの頃、藤岡城は花岡城と呼ばれている。


中泉城から藤岡城に

 1018年、藤姓足利成行が再興して中泉城と称した。そして成行は、一族の佐貫重光を中泉城に住まわせた。
 1205年、足利忠行が中泉城に入り、忠行は富士忠国と称するようになった。忠国から4代目の房行の時、藤岡姓を名乗って城も藤岡城となったのである。
 1577年、北条方についていた藤岡城は、佐野軍の攻撃を受けたが、藤岡城は落ちなかった。
 1590年、豊臣秀吉の小田原攻めにより、北条方についた藤岡城は落城した。

 

<現在の状況>

 藤岡城は、本丸跡に三所神社が建ち、また二の丸跡には工場が建っている。本丸跡から周囲を見渡すと、起伏が多い地形になっていることが分かり、堅固な城だったのではないかと想像できる。

オススメ度 ★★☆☆☆

 

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