素顔を見せて




 でもいつからだろう。宗一郎のことを男としてみるようになったのは。ずっと弟と思って大事にしてきたのに。宗一郎も「はーちゃん、はーちゃん」と言って慕ってくれてたのに。その関係は変わることがないと思っていたのに。

 大学に入ってコンパなんかに誘われるようになると、友達がノーメイクとジーパンでいることを許してくれなくなった。別に着飾らなくても人として付き合えばいいじゃん。そう思っていたのだが宗一郎に言われた。そう、車で横倒しになったときだ。
「彼氏も出来ないから俺なんかに構うんだ」
 って。私の父親が宗一郎の親に謝罪してたときは「俺が無理に乗りたいってせがんだんだ」なんて庇ってくれてたのに。そのあと会ったらそう言われたのだ。
 無茶苦茶に悔しくて今までにしたことのない化粧を必死でして、制服以外に身につけた覚えのないスカートをはいた。そしたら面白いように男が寄ってきた。

 取り敢えず言い寄ってきた中から適当にカッコよさげな奴を選んで男を作ると宗一郎に見せた。
 それは彼氏がいても宗一郎は弟だから大事なんだと証明したかったから。だからドライブには誘った。そのときの男にも弟だと紹介した。宗一郎も納得してくれたと思った。でも何故か私と会うのを渋るようになった。彼氏がいるのなら自分と会うのはおかしいだろ、とか言って。

 宗一郎のために用意した男はあっという間に色褪せて見えた。そしてすぐに別れてしまった。そのとき気付いたのだ。自分は宗一郎と一緒にいたいんだってことに。宗一郎じゃなきゃ意味がないんだってことに。

 一体いつから私の中で彼は弟から男になっていたのだろうか。それから私は化粧をしてスカートをはくときは宗一郎と会うときだけ、と決めたのだ。だって他の男が寄ってきても鬱陶しいだけだもん。でも宗一郎には特別な女として見て欲しいから。


「はーちゃん。聞いてる?」
「うん、聞いてる」
「じゃあどこへ行くんだよ」
「墓参り」
「あっ、今日って」
「そう、お母さんの命日」

「ちょっちょっと待てよ。山超えるんだよな」
「そうだよ、それじゃなきゃ行けないじゃん」
「なんで俺を連れて行こうとするんだよ」
「だって今日はお姉ちゃんがどうしても行けないって言うから」
「男と行けばいいだろう」
「いないよ、そんな男なんて。それに誰が墓参りなんて辛気くさいことに付き合ってくれるのさ」

「うっ‥。じゃっ、じゃあ絶対にスピード出すなよ。約束してくれないと一緒に行ってやらない」
「なんでよ、初めに転けて以来無事故よ」
「いいよ、普通の道は。でもはーちゃん山道に入ると人が変わるから。約束するか」
「うっ‥うん、分かった。峠攻めちゃダメなんだね」
「そう、あんときゃ死ぬかと思ったぜ」

「えっ、じゃあ車に乗らなくなったのって、恐かったからなの?」
「決まってるだろ。あんなスピードでカーブ曲がられてみろって。誰だって命は惜しい。俺はまだ死にたくない」
「そんな大袈裟な」
「大袈裟じゃないぞ、あれは。はーちゃんもいい加減で止めとけよ。いつか事故るぞ」
「大丈夫だって。でも宗一郎を乗せたらゆっくり走るね。約束する」

「もう少ししたら‥」
「何?」
「いっいや、なんでもない」
 宗一郎はそう言ってそっぽを向いてしまった。
 何がもう少しなんだろう。ちょっと気になったが墓参りには付き合ってくれるのだ。良かった、宗一郎は変わってない。

 実は私は墓に参ると言うことがまったく受け付けないのである。実の母親でも、薄情者だと言われても、優しかった母親が焼かれて骨になって出てきたのを見たら耐えられなかった。人間の無力さを感じて酷い絶望感と虚無感に襲われたのだ。それをまた石で押さえ込んで地中に埋めるなんて、そっちの方が非人道的に思えて。墓開きの時には吐いてしまった。
 私が小学5年で宗一郎は小学1年生だった。親同士も仲が良かったので宗一郎の家族もそのときいて、宗一郎は小さな身体で一生懸命私を支えてくれた。
 でもそれからとても墓参りは苦手で。一人じゃ絶対に行けない。
 そんな優しいところは全然変わってない。

「なぁ、どうして墓参りに行くのにそんなに短いスカートで行く必要があるんだよ」
 助手席の宗一郎側に入ったスカートのスリットは、クラッチを踏むたびにチラチラした。
 普段は絶対スカートをはかないことはよく知っている。そりゃ不思議に思うだろう。でもそこで自分と会うためだってどうして気付いてくれないのだろうか。

「うん‥だって、見て欲しかったから」
「見て? ああ、お母さんにちょっとは女の子らしくなったって?」
「もう、昔から女の子してるでしょ」
「えーっ、女のつもりだったんかよ?」
「当然じゃない」
「俺は、はーちゃんのことずっと兄貴だと思ってたよ」
「あっ兄貴〜?」
「だってそうだろ。あんな過激な想い出は兄貴とじゃないと作れないって」

 兄貴‥兄貴‥兄貴‥‥。
 私の頭は兄貴で一杯になった。姉の立場から脱出して特別な女になりたいどころか、まず女として認めてもらわないといけないってこと? 悲しすぎて涙も出ないわ。はぁ〜、宗一郎に告るのは無理なんだろうか。


 しばらく走ると見慣れた車が幅寄せしてきた。
「ちょっと、何するのよ」
 カチンときた私は思わずアクセルを踏んだ。車は速度を上げる。するとその黒のGTRはあざけるかのように私のシルビアを抜き、しかもかぶせてきた。
 ムッカー!
 超絶ムカツク奴。峠以外の道では飛ばさないと決めているがここまでされて黙っているわけにはいかない。私はハザードを付け窓を開けると、親指を立てて腕を出し上に向けて曲げた。
 その相手は了解のサインにハザードを2回点滅させた。

「スニーカーとって」
 何かってときのためにスニーカーは後ろに置いてあった。ヒールでは走りっこはできない。
「はーちゃん、何だよそれ」
 しっしまった〜。乗せてた相手が宗一郎だっていうのを忘れてた。頭に血が上って森田をやっつけることしか考えられなかった。峠は攻めないって約束したのに。
 悔しいが宗一郎と約束したのだ。破るわけにはいかない。GTRの隣に並ぶとその運転手の森田に話しかける。
「森田。窓開けろー」
 私が騒いでるのに気が付いてGTRの窓が開いた。
「今はやれない。やっぱ止め」
「何だと。ちょっと止まれ」

 走る車で話すのは無理がある。2台で車を路肩に寄せ停車した。森田は車を降りると窓に首を突っ込むくらいにして話しかけてきた。
「お前から言ってきたんだろうが」
「あんたがムカツクことするからじゃない」
「ムカツクのはこっちだぜ。何だ、そのダサいガキは。しかも‥ヒューッ。やけに綺麗だと思ったらスカートまではいてるのか。ちょっと出てこいよ」

 森田は勝手にドアを開けると私を引っ張り出す。頭のてっぺんからつま先まで舐めるように見る。
「やっぱりメチャいい女だな。葉澄、俺の女になれよ。俺のためにそうやって着飾ってくれ。GTRの助手席に乗るのに相応しい女だ。あそこはいつでもお前のために空けておくぜ」
 森田は自分の車の助手席を指さす。
「結構よ。私は運転席に乗る方が好きなの。あんたなんかにゃ負けないからね」
「まあそうとんがるなって。勝負すれば結果は目に見えてる。残念ながらお前じゃ俺に適わない」
「そんなのやってみなけりゃ分からないでしょ」
「だから今から勝負しようぜってことになったんだろう」
「あ、それはパス」
「なんだよ」
「用事があるから」
「まさか、そのガキとデート、とか言うんじゃあるまいな」
「だったらどうだって言うのよ。森田には関係ないじゃない」
「大ありだな。お前を落とすのは俺って決まってるからだ」

 森田はでかくてゴツイ男だ。顔もあくの強い濃いィ顔をしている。出会いはコンパだった。何故か初めて会った時から私を気に入っていた。一部からはかっこいいなんて声も出てはいるが私の好みではない。
 図々しくて強引な性格と自分が何でも一番と思ってるナルシストな所が嫌いだった。それさえなきゃ面倒見はいいし、遊ぶ分には中々楽しい。友達してるならそんなに苦痛じゃない。なのにこいつは私を自分の女にしようとする。それが鬱陶しくて段々嫌いになってきていた。

「男いないんだからいいだろう。いい加減俺のもんになれよ」
 太い腕を私の腰に回す。
「ちょっと、止めてよ」
 抵抗も虚しくあっさりと片腕で抱き締められる。自分の身体に密着させると、もう一方の手が太ももを撫で、大胆に切れ込んだスリットまで上がってきた。ゾッとして引いた足の間に森田は自分の足を割り入れる。私はその足に跨ってるような格好になる。

「森田、何するのよ」
 厚い胸板を叩いてもびくともしない。腰の手が肩まで上がると胸まで森田にくっついた。腕も挟まれて動かない。足も目一杯背伸びさせられてヒールで踏んづけることも出来やしない。
 そしてキスされそうになる。必死で顔を背ける。太ももを触っていた手が首を押さえると嫌でも顔が上を向いた。

 万事休す。渾身の力を込めてもどうすることも出来ず、固く目をつむった。




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