素顔を見せて




 見て。
 私を見て。

 髪を下ろし、
 薄化粧をし、
 短いスカートをはいた。

 見て。
 だから私を見て。

 あなたの視線を感じたいの。
 なびかす髪に‥
 濡らした唇に‥
 ギリギリまでみせた脚に‥

 でも勘違いしないでね。
 みせたいのはあなただけなの。
 他の男の視線なんて鬱陶しいだけ。

 私のあなた‥。
 あなただけが私を見て欲しい。



イラスト作:にる様


 午後3時45分。
 今日の時間割、掃除当番、図書委員会、将棋部、全てチェック済み。この時間ピッタリに校門に現れるはず。

 来たっ。あのやたらと背だけは高い冴えない影は宗一郎(そういちろう)だ。今日も少し背中を丸め、分厚いビン底眼鏡で将棋の指南書を覗き込んで歩いてる。
 あんたねぇ、いい若者の格好じゃないよ。まだ18歳だよ。もっと友達と戯れててもいいんじゃないの? 受験だって言うんならせめて出る単でも持っててよ。

 私、村瀬葉澄(はすみ)22歳。愛車のワインレッドのシルビアにもたれ掛かって立つ一応女子大生。履き慣れないミニのタイトスカートは脚がスースーする。これまた滅多にはかないピンヒールのつま先も実はちょっと痛い。それでも格好を付けて足先を交差させる。
「ヒューッ、お姉さーん。俺たちと遊びに行かない?」
 さっきからどれだけの男の子に声を掛けられただろうか。
「坊や、後5年経ってから出直しておいで」
 その度にそう言ってあしらった。この歳の子に坊やという単語はよく効く。反応は様々だったが誰も近寄っては来なかった。


 そして、待ち望んだ大本命。宗一郎が私の前にやってくる。しかし彼は本に気を取られていて私に気が付かない。それとも気が付かない振りをしているのか。
 ちょっと。一体誰のためにこんな格好してると思ってるの。気が付いてよ。このままほっておかれたらすっごい間抜けじゃない? 私。
「宗一郎」
 まだ知らん顔。
「矢野宗一郎!」
 かなりの大声に他の生徒と一緒にやっとこちらを振り向いた。もう、超恥ずかしいじゃない。

「宗一郎ってば、どうして無視して行っちゃうのよ」
 その台詞に当の本人よりも周りがざわめく。
「やっ矢野を待ってたんか」
「嘘だろ〜。あんないい女が矢野〜?」
「矢野なんて超ダサイのに」
 カチンときた。
「ちょっとそこのあんた。どうして宗一郎がダサイなんて決めつけるのよ」
 ざわめきは私がその生徒の腕を掴んだことで一段と大きくなる。
「だってそうだろ。こんなもてない男の見本になってるような奴」
「そうそう、ダサさの極み」
「ジジむさいし」
 周りからも茶々が入る。

 クッ悔しぃ〜〜い。
「いい、見てご覧なさい。あんたなんかより宗一郎の方が百倍いい男なんだからね」
 そう噛み付くと今度は宗一郎を引っ張ってきて黒縁の眼鏡を外そうとした。
「はーちゃん、止めろって。ほら、車に乗ればいいんだろ」
 宗一郎は私の手を掴んで止めるとさっさと助手席に乗り込んだ。

 まったく‥。私の性格をよく分かってる。どうすれば機嫌が直るかなんて十年も前からバレバレだ。
 普段は恥ずかしがって迎えに来るのも拒否してるのに、こんな公衆の面前で車に乗り込んでくれるなんて。嬉しくなってダサイと言った男のことなんてすぐに頭から抜け落ちた。
 でも車に乗るときそいつに『あっかんべー』をするのは忘れなかった。

「ね、おたく幾つになったんだよ」
「まっ、女に年を聞くなんて」
 戯けて言ったのに、まったくノってくれない。
「違うだろ、俺が言いたいのは二十二にもなって高校生とケンカするなってことだよ」
 宗一郎はボサボサの頭を軽く掻く。太くて黒い縁の眼鏡にまで掛かった鬱陶しいほどの前髪が一緒に揺れる。

「で、どうしたんだよ。学校まで来るなんて。俺、明日から大変だよ。吊し上げくらうかも‥」
 そう言って発進した車のシートに身を沈めた。

 宗一郎は平穏安泰な暮らしが好きだ。ダサイなんて言われて反論もしない奴なんだけど、その実本当は本人が一番自意識過剰なんじゃないかと思う。髪を上げ眼鏡を取ると、平穏無事な暮らしが壊されると思っているのだ。即ち、自分は格好いい、そう思ってるということになる。
 憎らしいほど地味にダサく決めた四歳年下の宗一郎。私はそんな彼に片思いしてるのだった。


 初めてあったときは覚えてない。それくらい昔から自然に私の周りにいた。家が近所で、姉しかいない私は宗一郎が可愛くて。こんな『妹』が欲しいと泣いたのだ。
 宗一郎はそりゃもう赤ちゃんコンテストとか出れば賞を総ナメしてしまうくらいに可愛らしかったのだ。
 そんな宗一郎との想い出と言えば‥。

 幼稚園年中の頃は無理して抱き上げて転んだ。

 年長になって自転車に乗れるようになるとすぐに宗一郎を後ろに乗せて走った。まだ2つの宗一郎はしっかり掴めなくて振り落とされた。後頭部にその時の傷が小さなハゲになって残っている。

 小学3年の時は新車が嬉しくて、足も届きかねてるのに2人乗りをした。そのときは一緒になって山から落ちた。身体は打撲と擦り傷で済んだが、新品の自転車は即廃車になった。この時の傷は二人ともあちらこちらに残ってる。

 小学6年の夏休みは自転車で父親の田舎に向かった。でも近いので1日あれば着く予定だったのに峠が越せなくて着かなかった。子供のあさはかな考えだったので坂道を計算に入れてなかったのだ。おまけに連れて行った宗一郎はまだ小2だ。自分と同じに考えて失敗した。あげく父親が見つけてくれるまで暗い山中で一晩過ごしたのだった。

 高校1年の時は誕生日を迎えたらすぐに単車の免許を取った。当然、宗一郎を乗せて走った。海に行きたかったのに飛び出した猫に慌てて滑った。二人とも肩を酷く削ってしまった。バイクは無事だったのでそのまま帰ってきたのだが、血塗れの二人を見て姉が倒れそうになったのを覚えている。

 大学1年の時は入学と同時に取った自動車免許で父親の車を運転した。もちろんこの時も初めての同乗者は宗一郎。嬉しくて無謀な遠出をしてしまった。でもちゃんと帰ってきたのだ。ホッとしたら前日から興奮して寝付けれなかったので、眠たくなってしまった。
 宗一郎が「危ないっ!」と叫んだときには車は横倒しになっていた。居眠り運転で標識に突っ込んで、その倒れた標識の上を左前輪が駆け上がったのだ。まるでサーカスみたいに見事車は横になって倒れた。うちのそばで! 車は廃車。でもシートベルトを締めていたので人間は無傷だった。

 そして今。私の趣味は峠を攻めること。愛車のシルビアは先輩から格安で譲ってもらったとは言え、しっかり峠仕様になっている。55のタイヤは女の細腕には少し重いがコレが走ってるときには丁度いいのだ。上手く運転できるようになったとき宗一郎を乗せ、峠を走った。アクセルべた踏みのフルスピードでガツンとシフトダウンしながらカーブに突っ込む。ヒールアンドトゥで回転数を保ちながらカウンターを当てる。すると車は綺麗にドリフトする。今までの中で最高の走りをみせた。

 なのに宗一郎はそれから車に乗ってくれなくなってしまったのだ。
 何かって時は必ず宗一郎と一緒だった。それくらいに仲が良かったのに。

 そしてあれから3ヶ月。また車に乗ってくれて嬉しい。なんて誘おうかと色々考えていたんだけど、なんだか成功しちゃったみたい。




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