プロローグ 魔女戦役

長きに渡り平和と繁栄の日々を謳歌してきたカシナート王国ではあったが、
ついにその安寧の日が破られる時が来た。

太平の眠りを貪り続けてきた貴顕と民草の枕元を非礼に蹴り飛ばしたのは、
意外にも他国や異民族ではなく『魔女』
闇の森の君主にして黒き魔女の皇である『夜魔の姫』であった。

辺土有数の権力者であり、魔女達の最高指導者である魔女の皇は、
王国の統治が及ばぬ国境外縁部の曠野に配下の魔女とその軍勢を召集すると
闇の森と面したカシナート辺境地帯に対して、突如として侵攻してきたのだ。

有名な割に、魔女達という種族について分かっている事は少ない。
彼女たち……魔女という種族が、何時、何処で、どのようにして生まれてきたのか、
何時の時代からカシナートの辺土に棲息していたのか。それを知る者はいない。
恐らくそれを知る者はとうの魔女たちだけであったろうし、
危険を冒して彼女たちと交流を持ち、それを尋ねてみようとする奇特な人間もいなかった。

魔女は、外見こそ人に似ているが、人間ではなく魔族、妖魔の一員である。
外見は、誰も彼もが皆、非常に美しい女の姿をしていて、
その肌は一様に夜空の様な深い蒼紫。
瞳は鮮血のような紅をしており、獣のように縦に割れた虹彩を持っているから、
魔女と人とを見間違うことは、まず無いだろう。
その魔女が、人間に化ける能力を持っていない場合に限って、の話だが。

冥き闇の森より来襲した魔女の軍勢を相手に、王国軍は当初、大変な苦戦を強いられた。
カシナートは小国ではないものの、その軍隊は国力の規模に見合ったものであったし、
それに対して魔女は、少数ながらも、そのいずれもが人を超えた力の持ち主であり、
中には、凶暴な魔獣を騎馬として乗りこなす者も少なくなかったのだ。
一人の魔女によって、十人の屈強な兵士が倒されたなどという話も珍しくはない。
それでも長く苦戦を強いられながら、軍は騎士団を中心に粘り強く戦線を支え続けた。
一方で魔女達は、己の力を過信したのか、禄に作戦を立てずに戦い、
また魔女同士で協調することも少なかった為に、やがて王国の戦士達によって、
一人討たれ、二人討ち取られて、その戦力を大幅に消耗させていた。

魔女戦役が始まって、もうじき五年の歳月が経過しようとしている。
現在、戦況はしばしば休戦という名の小康状態を挟みながら、
互いの戦力を少しずつ削り取っていく形でゆっくりと推移していた。

王国軍は、中央で暴れまわっていた名のある魔女の大半を討ち取るのに成功し、
魔女軍を追い詰めつつある。
一方闇の森近郊の辺境では、なおも魔女軍は強力であり、
闇の森には相当の戦力が温存されていると見る向きもあるが、
それでも、戦の趨勢が人の優勢に傾き始めたのが明らかになった今日、
民草の顔色にも明るさが戻り、長かった戦もようやくに終わりを告げようとしている。
そんな風に王国の人々が思い始めていたある日の事。