サイレントナイト


12月24日。
この日は多くの子供が待ち焦がれる日。
真っ赤な服に身を包んだサンタさんが、一年間いい子にしていた子どもにプレゼントを置いていく。
でも、子供はそれを見ることは出来ない。
サンタさんは子どもが寝ているうちに、そっとプレゼントを置いていくからだ。
じゃあ寝ないで起きていたらサンタさんを見れるじゃないか、と考える子どもは夜更かしをしてサンタさんを待つが、そんな子どもにはサンタさんはやってこない。
夜更かしをするような『悪い子ども』にはサンタさんはプレゼントをくれないのだ。
だからサンタさんを見た子どもは誰もいない。
いないはずなのだ。



『夜遅くまで起きている悪い子には、サンタさんは何もくれないぞ』
父親にそういわれた新倉正美(にいくらまさみ)はいつも寝る時間の9時より30分以上も早く布団の中に入った。

(早く寝ないとサンタさんが怒って帰っちゃうもの)

だから、自分は今日は絶対に早く寝るのだ、と正美は自分に言い聞かせていた。
小学校2年生である正美はまだサンタが実際にいると信じている。
ただ、このぐらいの年齢になるとサンタは空想の存在なのだと言い張る夢を無くした子どもも出てくるようになり、大抵学校でケンカになるくらいの言い争いが怒る。
正美も終業式前にサンタの存在をめぐってクラスの悪がきと取っ組み合いの大喧嘩を繰り広げており、その証拠を掴むため正美はクリスマスの夜にカメラを持ってサンタが部屋の中に入ってくる瞬間を撃撮しようと目論んでいた。
が、そこで父親に上記のことを言われ、撮影を諦めてさっさと寝ることにしたのだ。
その代わり、親が部屋に入ってこれないよう部屋の鍵を内側からかけて窓以外からは誰も入れないようにし、両親にも絶対に部屋に入ってこないようにと言い聞かせたのだった。
これで部屋の中にプレゼントがあったら、それはサンタが入ってきた何よりの証拠になる。
「ええへっ、たのしみだなぁ〜〜」
明日の朝に枕下に置かれたプレゼントを夢見て、正美は部屋の電気をパチリと落としてぼすりと布団を頭から被った。
最初はサンタのことを思ってなかなか寝付けなかったが、20分もすると布団の温かさと今日の疲れで一気に瞼が重くなり、そのまま正美の意識はスッと消えていった。


そして、正美だけでなく両親まで完全に寝入ってしまっている深夜

”ガタン!!”

「……?」
部屋の中に鳴り響いた何かが倒れる音に、深い眠りに付いていた正美はパチリと目を覚ましてしまった。

そして、正美だけでなく両親まで完全に寝入ってしまっている深夜

”ガタン!!”

「……?」
部屋の中に鳴り響いた何かが倒れる音に、深い眠りに付いていた正美はパチリと目を覚ましてしまった。


なんだろう。地震が起こっている気配はないし、この部屋には誰も入らないでって念を押しているから誰かが入ってくるはずもない。
正美はまだはっきりしない頭をぼんやりと動かして音がしたほうへくるりと頭を向けると…
「?!」
星明りにぼんやりと、もぞもぞと動く黒いものが見えた。

「だ、だれ?!」

一気に目が覚めた正美はベッドから飛び起きると、部屋の明かりのスイッチをパチリと点けた。すると
「っ?!」
突然点いた明かりに全身赤ずくめで白いファーをあしらった服を着ている何者かが、大きな袋から何かを取り出そうとしたままギョッとした顔で正美のことを見ていた。
「え……」
普通なら、こんな時間に見たこともない誰かが入り込んでいれば誰もが泥棒と思うだろう。が、今日は違った。
今日はクリスマスなのだ。
「まさか……サンタさん?」
正美は目を大きく見開き、部屋に現れたサンタの格好をした人物をまじまじと見た。
その年恰好は意外にも若くほっそりとしており、あったかそうな帽子からは黒く艶やかな髪の毛が腰の辺りまで伸びている。
その背格好から見て間違いなく両親ではないが、正美が想像していた真っ白な髭をたっぷりと生やしたお爺ちゃんというものでもない。
というか、胸のあたりが大きく膨らんでいるその格好は、どう見ても女性であった。
女サンタの足元には、正美が叔父から海外旅行のお土産でもらった木で出来た人形の飾り物が落ちておいる。どうやらさっきの音はこれが棚から落ちた音のようだ。
「え……あ?!お、起きちゃった、の……?」
正美の前にいる女サンタは明らかに動揺している。自分の姿を見られてしまったのがよっぽど予想外だったのだろうか。
とはいえ、こうして実際に見られてしまっている以上どう言い繕うことも出来ず、女サンタはがっくりと肩を落としてしまった。
「はぁ……、仕方がないわ。人形落としたのは私のミスだし、ルール違反にはギリギリならないわよね…」
俯いたまま女サンタは何事がぶつぶつ呟いているが、正美にとってはそんなことはどうでもよかった。
自分の目の前にサンタさんがいる!予想していたサンタとは少し違うが、それでも自分の目の前にいるのは紛れも泣く本物のサンタだ。
「ねえ、あなたサンタさんですか!?ですよね!よね!!うわぁーっ!」
夜中にも拘らず正美は歓声を上げてサンタへ勢いよく跳んでいった。まさか正美が突っ込んでくるとは思っていなかったサンタは正美の体当たりを食らってそのままドッシーンと倒れこんでしまった。
「あいったぁ!」
「あははーっ!サンタさんだサンタさんだ!サンタさんは本当にいたんだ!!」
サンタなんでいないってドヤ顔で言っていた悪ガキどもの悔しがる顔が目に浮かぶ。
やっぱりサンタは本当にいたんだ。こうして自分は本物のサンタに触れているし、サンタの声も聞いたんだ。
本物のサンタに触れられたことで大はしゃぎしている正美の下で、サンタは目を白黒させながらなんとか正美を振りほどこうとじたばたともがいていた。
「ち、ちょっと!落ち着いて!!とにかく、一旦離れて!!」
だが、正美がサンタを開放したのはそれからさらに5分ほど経った後だった…

「ふぅ……」
ようやく落ち着いた正美を引き剥がし、サンタは溜息をつきながら床の上に座り込んだ。
「まさか、私の姿を見られちゃうなんてね…。まさかお人形落とした音で起きちゃうなんて油断していたわ…」
自分が見られたことをサンタは心底悔しいのだろうが、正美がいる手前露骨に嫌な顔はしていない。そこは子どもに夢を与えるサンタのプライドなのだろうか。
「あなたも聞いたことがあるかしら。私たちサンタは一年中いい子にしていた子ども達に夢を与えるのが仕事だけれど、その仕事の姿は絶対に見られてはいけないの。
夜ぐっすり寝ている子どもは当然私たちを見ることは出来ないし、起きていて私たちを見ようとして夜更かししたり姿を捉えようとしてこっそりカメラを回す悪い子の家には最初から近寄らないからね。
本当ならあなたにも気づかれないでこっそりプレゼントを置こうとしたんだけれど、まさか起きちゃうなんてね。なんて悪い子なのかしら…ふふっ」
最後の一言は偶然にも起きてしまった正美へのせめてもの恨み言なのかもしれないが、完全に悪いのは自分でありそのことも分かっているので酷い悪意は感じられない。
「えっ?!」
が、『悪い子』と言われた正美は明らかに動揺していた。
『悪い子には何もくれない』という父親の脅しを真に受け、このままサンタが何もくれずに帰ってしまうのではないかと思ったからだ。
「ま、正美は悪い子じゃないよ?!ちゃんと、ちゃんと眠っていたから悪くないよ?ね、ね!」
サンタの袖をぎゅっと掴んで言い寄る正美にサンタは苦笑し、その頭をくしゃくしゃと撫でた。
「分かっているわよ。あなたは悪くない。悪いのは私。ちょっと予定とは違ったけど、あなたにもプレゼントをあげるわ」
そう言ってサンタは袋をがさごそと弄り、中から小さな髪飾りを取り出した。
かなり小振りな髪飾りだが、白金のメッキをされ赤のガラス玉か宝石が意匠された作りは結構な高級感を出している。
「…きれー。でも、私はお人形とかのほうがいいなぁ」
確かにまだ8歳の子どもに髪飾りは早いかもしれない。
「でも、これはあなたが望んだもの。この袋からはあなたが本当に欲しいものが出てくるの。
もしかしたら今は必要ないかもしれないけど、将来きっと必要になるものよ」
そう言ってサンタは髪飾りを正美の髪に取り付け、手鏡で正美にその姿を見せた。意外と似合っている。
「…えへへ」
「感謝しなさい。サンタ本人から直接プレゼントを渡されるなんて、本当に滅多にないことなんだから」
「うん!」
正美は髪飾りに手を当てながら、満面の笑みを浮かべて首を縦に振った。
それを見てよろしいと頷いたサンタは立ち上がって、窓の方へと進もうとして…くるりと振り返った。
「……そうだ。あなた、今日のことは決して、誰にも言ってはダメよ。
私たちサンタはさっきも言ったけど、その姿を絶対に見られてはいけないの。つまり、『いるって事』そのものが秘密なのよ。
ばれたら私もこっぴどく怒られちゃうから、このことは私たち二人の秘密よ」

「えぇ〜〜〜?」

それを聞いて正美は露骨に嫌な顔をした。
誰にも自分がサンタに会ったと言えないのでは、サンタはいないと言った悪ガキどもを言い負かすことが出来ないではないか。

「お願い!この約束を破ると大変なことになっちゃうからさ。ね、ね!!」
サンタは手を合わせ、懸命に正美に納得して貰おうとしている。その姿を見てさすがに正美も気の毒になってしまった。
こんな卑屈なサンタは見ていて気持ちのいいものではない。
「…うん、わかった。誰にも言わない。サンタさんとの秘密にする」
「っ!!ありがとう!本当にありがとうね!!」
正美が納得してくれたことにサンタは目を輝かせて喜び、手を握って感謝を表した。

「じゃあ、私は他の子ども達のところに行かないといけないから……。じゃあね、メリー・クリスマス!」

そう言ってサンタは窓から飛び出し、夜の闇に消えていった。
正美が覚えているのはそこまでだった。


翌日、ベッドの中で目が覚めた正美は夜のことを思い出し、ベッドから飛び起きると鏡に自分の姿を写した。もしかしたら、昨日のことが夢ではなかったのかという疑問を抱きながら。
が、鏡の中の自分にはサンタに貰った髪飾りがきちんとついており、夜のことが夢ではなかったことが証明された。
「…やっt……!!」
本物のサンタに会った!そのことを正美は飛び跳ねて喜ぼうとし…、慌てて口をつぐんだ。
このことは自分とサンタ二人だけの秘密なのだ。もしこの声を誰かが聞いたら秘密がばれてしまうではないか。
「あぶない、あぶない……」
何とか落ち着きを取り戻した正美はいそいそと着替えると朝食を食べに部屋から外に出た。
すると、ドアの横に豪華な包装紙に包まれたプレゼントがちょこんと置いてあった。
父親と母親が『正美が部屋に入れてくれないからサンタさんが入口にプレゼントを置いていったんだな』とか言っていたがそんなことは正美の耳には入っていなかった。
なにしろ、正美は本物のサンタから本物のプレゼントを貰ったのだから。



それから約10年。
正美はこの夜のことは決して喋ることなく、そしてプレゼントされた髪飾りも外すことなくずっと身につけていた。
大事に大事に扱った髪飾りは年月を重ねようと色が落ちたり欠けたりすることなく正美の頭にさりげないアクセントを与え続け、いつしか正美になくてはならないものになっていた。
そして、大学に進学した正美が構内を歩いている時、不意に後ろから声をかけられた。

「あら、私以外にそれをつけている人初めてみたわ!」

何事かと振り返った正美が目にしたものは、なんと正美がつけている髪飾りと全く同じ意匠のを身につけている女性だった。
「……えぇっ?!」
それを見てさすがに正美も驚いた。

これまで正美はこの髪飾りを他で見たことはない。売っていることもなくアクセサリーのカタログを見ても見つけられなかったのだ。
だから正美はこの髪飾りはサンタ特注のオリジナルの一点ものだと思いこんでいた。
ところが、ここにその髪飾りをつけている人間がいる!
ただ、よく見るとこの女性の髪飾りは宝石が正美のような赤ではなく、黒真珠のように黒く輝いている。
が、そんなことは些細なことだ。
「そ、それ…、どこで手に入れたんですか?!」
正美はそれの入手経路を知りたくてしょうがなかった。が、どうやら向こうも同じ思いを抱いていたようだ。
「それは私も聞きたいわよ。これって結構珍しいものだから……ちょっと、教えてくださる?」
「え……?」
それを聞かれ正美は言葉に詰まった。
これまで一回もこれがサンタに貰ったものだとは他人に言っていない。それだけあの約束は正美にとって大事なものだった。
だが、この髪飾りを持っているということは、目の前の女性ももしかしたらサンタ本人から貰ったのかもしれない。
そうなると、同じ秘密を共有するものとして本当のことを言ってもいいのかもしれない…。と思ったが
「えぇと……、知人がプレゼントしてくれたもので、どこから手に入れたかはちょっと…」
と結局お茶を濁してしまった。やはり幼い頃の約束は破るわけにはいかない。
「そうでしたの……。それは残念」
そういって女性は残念そうに首を振り、それじゃと手を振って人込みの中に消えていった。
「………」
ぱっと現れ、名前も言わずに去っていった女性。
普通ならあっという間に記憶の片隅に消えていくはずなのだが、正美は何故かその顔を忘れることが出来なかった。


それから数日間、正美は暇さえあれば女性と会った構内をうろうろとしていた。この棟のどこかにいるかもしれないと6階まである棟の隅々まで探し回ったこともある。
が、あの日以来女性を目にすることはない。それでも正美は会いたかった。どうしても会いたかった。
理由はわからないがまたあの人に会いたい。そう正美の心が訴えていた。
そして、1週間ほど経った日
「あら、またあったわね」
あの女性が正美に声をかけてきた。その髪にはあの髪飾りがきちんとついている。
「あ……はい」
思わず反射的に頷いた正美の顔はほんのりと赤く染まっている。まるで想い人に再開したかのような感じだ。
「…で、何か御用かしら?ここ数日、この辺りをうろうろしていたみたいだけれど……」
「あ、いえ。それは……」
確かに自分はこの人にもう一度会いたいと思っていた。が、会って何かをするとかそういうことまでは考えていない。
となると別に用事があるわけではないのだが、何もないのに会いたくてうろうろしていたというのもなにか自分が危ない人のようで変な誤解を与えかねない。
明確な返答をできずごにょごにょとしている正美を見て、女性はクスッと苦笑するとその手をぎゅっと取った。
「まあ、これも何かの縁。とりあえず私の研究室に来なさいな。ここでは言いにくいことも、周りに誰もいないところなら言えるかもしれないでしょ」
「あっ…は、はい!」
確かにそうかもしれない、と正美はこくこくと頷くと女性に導かれるようにその後をついていった。

その女性の研究室と呼んでいるところはその棟の7階にある個室だった。
ドアの前の名前札には『三田芳子』と書かれており、どうやらこれが女性の名前のようだ。
「はいお茶。たいしたものじゃないけれどね」
女性…芳子はパイプ椅子に座った正美の前にマグカップに入れたコーヒーを二つ置いてから座り込んだ。
「あ、ありがとうございます…」
正美はコーヒーをぐぃっと傾けながら、改めて芳子のことをジーッと見つめていた。
そこには、自分と比べて非常に大人な女性の姿がある。
艶やかで長い黒髪。薄化粧でありながらそれが却って彼女の端正な顔立ちに適度なアクセントを加えている。
シックな服装は彼女の体のラインを消すことなく、だが際立たせることもなく絶妙なバランスで彼女の大人としての魅力を引き出している。
髪は短くまとめ、化粧という言葉とは程遠く、ユニクロなどの量販店で普段着を纏めている正美とはまさに雲泥の違いであり、正美は強烈な憧れを芳子に抱かせていた。
「で、私への用事って……やっぱり『これ』のことかしら?」
そう言いながら芳子は自分の髪の毛を指差した。その先には勿論、例の髪飾りがある。
正美は一瞬、躊躇った。もしここで頷くとあの秘密を言わなければならない。サンタとの約束を破ってしまうことになってしまう。
が、やはり好奇心には勝てなかった。それだけ自分と同じ髪飾りをつけている人への興味は尽きなかったのだ。
「はい……。三田先輩は、それをどこで手に入れたんですか?」
「それに答える前に一つ言わせてもらうわ。あなた、この前私に嘘をついたわね。そうでしょ」
「っ!!」
この指摘に正美は心臓が跳ね上がった。
それはつまり、正美が髪飾りを知人から貰ったということをあの時点で芳子はそれが嘘ということを見破っていたということだ。
ということは、芳子はあの髪飾りの入手方法を知っているということになる。というとは
「先輩、それってやっぱり……」
「ええ、あなたが思っているとおりのことよ」
これを聞いて正美は確信した。やっぱりこの目の前の先輩は自分と同じくサンタに会っているのだ。そして、サンタから髪飾りを貰ったのだ。
「や、やっぱり先輩もサンタさんから貰ったんですね!サンタさんに、その髪飾りを!!」


「言ってしまったわね、正美」


その時、正美の視界が暗転した。
始めは停電でもしたのかと思ったが、それなら窓から外の光が入ってくるはずだ。
が、窓はおろか部屋そのものがまるでなかったかのように闇の中に消え、正美の目に入るのは芳子の姿だけだった。
「あれほど言ってはいけないと言ったのに……まあ、この状況では仕方がないわね」
芳子はやれやれと言った風に頭をこりこりとかくと、闇の中でスッと立ち上がった。
「え?せ、先輩……なにこれ?どういうことです……」
そこまで言って正美はハッとなった。
まだ自分は目の前の先輩に自己紹介をしていない。
なのに、この人は自分の名前をはっきりと言っていた。まるで昔から知っているかのように。

いや、それだけではない。
自分はこの人に導かれるように7階のこの部屋までやってきたが、そもそもこの棟は『6階』までしかないはずではないか。
「え……なに?これ……えぇ?!」
「ふふっ、状況が分からない?そりゃそうよね。いつの間にか自分がもう引き返せないところまで来ていたなんて想像も出来ないでしょうからね」
芳子は一瞬気の毒そうに正美を睨み…、次の瞬間芳子の体は目も眩むような光に包まれ、光が消え去った後に現れた芳子を見て正美は息を飲んだ。

「あぁっ!!」

そこには正美が出会った、あのサンタがいたからだ。
「先輩…、先輩って、まさか!!」
「そうよ、あの時のサンタよ。久しぶりね、正美」
正美の頭の中にあの日のことがまざまざと浮かび上がってくる。あの、冬の夜の夢だったような一夜が。
「正美、あなたはよく私との約束を守ってくれたわ。大抵、この日が来るまでに誰かに秘密は言ってしまうもの。
そうして子どもは大人になっていき、純粋な心を無くしていく…
でもあなたは違った。この日まで私との約束を守りきった。とてもすばらしいわ。
そして、その純粋な気持ちこそ私たちに必要なもの……」
芳子…サンタは正美を褒めちぎりながら次第に正美に近づいてきている。
その顔は正美にはじめてあった時とも、大学の先輩の姿をしていた時とも違う、とても無機質なものだ。
「サンタ、さ……?」
「私たちの主『ニクラウス』はそんな純粋な心を糧に、世界中の子ども達に夢を与え続けている。
正美、あなたがあの夜私に気づいたのは偶然でも、私があなたの部屋で音を立てたからでもない。
あなたが主の糧になるかどうかの試練だったのよ」
サンタがすっと伸ばした手。それは明らかに正美を捕らえようというものだ。
「もしこの日が来るまでにあなたが私のことを誰かに話していたら、あなたは『悪い子』として主人のメガネには叶わず、そのまま放っておかれたわ。その方があなたには幸せだったかもしれないけどね。
でもあなたはこの日まで純粋な心を忘れずに約束を守り通した。あなたは主に選ばれたの。主の力を維持する『糧』として」

「…っ!」

何故かは分からない。が、物凄く自分が危機に陥っていると感じた正美はこの場から逃げようとした。
が、逃げようにも入ってきたドアは今はなくどこを見渡しても真っ暗な闇に覆われたこの場の、一体どこに逃げるというのか。
「さあ、その穢れなき心を主に…」
「い、いやぁっ!!」
ぬっと突き出された手を正美は身をかわして避けようとしたが、脚はまるで闇にめり込んだかのようにびくとも動かず、その一瞬の隙に正美の腕はサンタに掴まれてしまった。その時
「うっ!!」
正美の髪飾りがパッと煌めき、その光は完全な闇であるこの場を覆わんばかりに輝き始めた。

「あ、あっ!あああぁっ!!」

その眩しさに正美の目は真っ白に眩み、それに倍する強烈な頭痛が正美の頭の中を襲い、それすら凌駕する快感が正美の全身を支配していた。
頭から放たれる光は正美の純粋な心そのものであり、サンタの髪飾りはそれを貪欲に吸い取って主の下へと送り届けている。
光が強くなるにつれて正美の心も吸い取られ、その自我を弱めていっていく。
「うぁぁぁぁぁ………!!」
自分の心の中にあったもの。記憶、人格、思い出。
それら一切合財が薄まってくのを正美は感じていたが、それをどうこうしようという心もどんどん弱まっていく。
その代わりに正美の心の中に満たされていくものは、髪飾りを通して繋がっている主・ニクラウスへの忠誠心。それ以外のものは全て不要なものとして消去され、正美という個人そのものを消し去っていく。
正美の心が消えていくのに伴い髪飾りの宝石は赤色から次第にどす黒く染まり、やがては黒光りする宝石へと姿を変えた。
そしてその瞬間、新倉正美という存在も完全に消え失せた。



「尋ねるわ…。あなたは何者?」

「私は…サンタクロース。
主・二クラウスのために純粋な魂を探し、それを捧げる者」

サンタの問いかけに、正美は無表情のまままるで定例文のように答えかけた。
「そうよ。主は世界中の子ども達に夢を与えなければならない。私たちはその手足となって主に純粋な魂を捧げ続けなければならない。
新たなサンタクロース、あなたもこれから主のメガネに叶う純粋な魂を探し続け12月24日の夜にマーキングを施すのよ。
それがまた、主の力となるのだから」
「…はい」
こくりと頷いた正美…いや、サンタクロースはそのままもう一人のサンタクロースとともに闇の中に消えた。
こうしてまた一人、子どもたちに夢を与える存在が増えたのだった。

もしかしたら、その夢は悪夢かもしれないが。






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