対決! 歩美対玉王


「なんてこと…」
歩美の前に広がる光景は、悪の権化玉王に跪く7人の仲間たちだった。
男勝りで猪突猛進の喬、知性溢れる参謀役の圭、双子姉妹の琴、吟。
いつも苦楽を共にし堅い結束で結ばれた仲間達は、今やその面影すらなく玉王が持つ鎖につながれ虚ろな瞳を玉王に向けている。
「ああ…」
「玉王さま…」
ホウが憧れていた凛々しい先輩の龍華、鶴花までも玉王にしなだれかかって蕩けた笑みを浮かべている。
「ぐふふ、歩美よ、見ての通りお前の仲間は全てわが軍門に下った。ほら、こやつも今ではもはやワシの下僕よ」
玉王が持っていた一本の鎖をぐい、と引っ張ると玉王の影から裸に剥かれた一人の少女が出てきた。
「あ…おねえ、ちゃ……」
その姿を見て歩美は息を呑んだ。それは、歩美のたった一人の肉親である妹の風子だったからだ。
「そんな……ふーこ?!どうして…」
ホウが驚くのも無理は無い。風子は戦士ではない。確かにみんなと一緒にいることは多かったが、たんなる普通の女の子なのだ。
「こやつ、他の連中と一緒におったから思わず喰ってしまったわい。
ただの小娘かと思ったらなんのなんの、しっかりと戦士の資質を持っていたわ。存分に堪能してしまったぞ」
玉王は下卑た笑みを浮かべ、風子の頭を乱暴にわしわしと撫であげた。風子はそれが嬉しいのか、猫のように頭を玉王の脚に擦りつけ至福の笑みを浮かべていた。
「おねえちゃぁん…。お姉ちゃんも玉王様のものになっちゃおうよ…。玉王様ってそばにいるだけで、とぉっても気持ちよくなるんだよ…
だから、お姉ちゃんも、はやくぅ…」
「そうだぜ歩美。あんなつまらないキングジェネラルなんか守ってないで、お前も俺たちの仲間になるんだ…」
「今まで知らなかった至福の瞬間が待ってますわよ…」
「「歩美さん、早く一緒になりましょう…」」
妹が、仲間が、歩美に次々と誘惑の言葉を投げかけてくる。
「うっ…」
その言葉は非常に蠱惑的で、歩美も思わず心が傾きかけるぐらいの強制力があった。しかし、
「私は……、惑わされない!」
手招きをする妹。ヘラヘラと笑う友。痴態を晒す先輩。
それらは全てかつての知人、肉親の皮を被った別人だ。玉王に力を吸われ奴隷に成り果てた抜け殻だ。
自分に出来ることは一つ。玉王を倒し、吸われた力を元の体に返して元の心を取り戻すことだ、と。
「行くぞ、玉王!」
歩美は手に持った刀を構え、玉王に一直線に向っていった。渾身の力をこめた斬撃を振り下ろさんがために。
「甘いぞ、歩美!!」
だが、余裕を持って構えていた玉王は、歩美の斬撃を事も無げにかわしてしまった。
「ただ直線的に突っ込むことしか出来ない貴様が、このワシを捕らえられると思ったか!喰らうがいい、驚走弾!」
横っ飛びに飛んだ玉王は、構えた槍から一直線に気弾を放った。
斬撃を空振って体勢の崩れた歩美は避けることも出来ず、玉王の攻撃をまともに喰らってしまった。
「ぐああぁっ!!な、なんで……?!」


全身に激痛が走った歩美だが、歩美の心は痛みよりも驚きで占められていた。
なぜなら、今玉王が放った驚走弾は、喬の得意にしている技だったからだ。
「驚いたか、歩美」
信じられないといった顔をしている歩美に向って、玉王は不敵な笑みを浮かべていた。
「今の俺はこやつらから力を吸収し、こやつらの技を全て使えることが出来るのだ。ほれ、龍雷陣!」
玉王の手から十字に蒼雷が放たれ、歩美の傍の地面に大穴を開けた。
「麒麟斬!」
「きゃあっ!」
蹲る歩美に×の形のカマイタチが直撃し、来ている衣服を切り裂いた。
「獄門金鎖、煉獄銀鎖!」
玉王の気で作られた金色の鎖と銀色の鎖が掌から放たれ、動けない歩美をがんじがらめにした。
「そして、お前の力を吸収すれば、俺は7将全ての力をこの手にすることが出来るのだ」
完全に身動きが取れなくなった歩美を前に、玉王は舌なめずりをしながら近づいてくる。
「や、やめろぉ…っ!」
その姿に、歩美は身震いがした。
どのようなことをされるかまでは分からない。が、玉王の後ろで悶える7人のかつての仲間たちがその末路を歩美に示していた。
「ぐふふ、お前の味はどんなものなのかなぁ…!」
玉王の手がボウッと発光し、何かを摘むかのような手つきで歩美の胸へと近づく。
そしてそのまま、まるで水にでも浸けるかのようにつぷぷと歩美の体の中に玉王の手が沈んでいった。
「あうっ!」
その瞬間、歩美の体の中に痺れるような快感が走った。
「な、なにこれぇ……!あああぅっ!!」
「グハハハ!心地よかろう。これがワシとキングジェネラルだけが持つ力。
『反転力』だ!お前達がキングジェネラルに選ばれ、その力をその身に宿したようにワシもお前達に力を注ぐことで忠実な下僕に変える事が出来るのだ。
それがキングジェネラルの力を持つものの宿命なのだよ!!
このまま貴様の力を吸い取り、心の中身を反転させキングジェネラルへの忠誠心を、全てワシへのものに変えてやる!
これで『詰み』だ!歩美!!」
玉王の勝ち誇った顔が歩美の視界一杯に広がっている。
不思議と、不快にしか感じなかったそれが次第に愛しいものに変わってきている。
(こ、これが……反転、なの……?!)
それを認めたくは無かった。が、心が感じる玉王への敬慕の念は歩美がどんなに否定しても否応なしに大きくなっていく。
(このまま…このお方の……違う!こいつのいいなりになっちゃうの?!そんなのやだ!絶対にやだ!!
でも、でも…気持ちいい!気持ちいいが止まらない!!)
悔しさと屈辱で歪んでいた歩美の顔が、次第に虚ろで呆けた笑みを浮かべ始めている。悔し涙は嬉し涙へ色を変え、血が流れるほど噛み締めた唇は、悦びに涎を流していた。
「どうだ歩美、心地よさで融けてしまいそうだろう。もっと、もっとよくはなりたくはないか?」
「よく……な、なりたくなんか…なんか、な………」
『よくなりたい』。この単語が出るのを、歩美は残った理性で必至に阻止していた。
これを言ってしまったらもう御終い。身も心も玉王に支配され、忠実の下僕になってしまうのは明白だったからだ。
だが、いつまでも抵抗しきれるものではない。もはや歩美の頭の九割九分は玉王への忠誠心で満たされていた。
ほんの一滴、玉王の力が歩美に注がれるだけで新たなる玉王の下僕が誕生してしまうことだろう。


(も、もう我慢できない……。玉王様の体に思いっきり傅きたい……。ごめんね、みんな…。ふーこ……)
「き、気持ちよくぅ…なり、た……」
歩美が屈服の単語を放ちそうになった、正にその時!
「ぐふっ!!」
歩美の力を全て吸収し尽くそうとしていた玉王が突如胸を抑えて苦しがり、歩美の体から離れていった。
「な、なんだこの力は……。ワ、ワシの中の力と、まるで反発しあっているかのようだ……」
玉王の体は見る見るうちに真っ赤に染まり、あまりの熱さからか地面がぐつぐつと湯立ち始めている。
「ハアッ、ハアッ…?!」
玉王から解放され支配力が消えたのか、歩美は荒い息を吐きながらもなんとか身を起こし玉王の突然の変化を呆然と見ていた。
「なぜだ!7将全ての力を吸収したはずなのに!7将……ハッ!!」
あることに思い至ったのか、玉王は倒れ付している7人の下僕達のほうを振り返った。
向こうに倒れているのは7人。力を吸収したのは8人…。自分が吸い取ったのは7将の力……
「そ、そうか…。歩美、貴様と妹……、ワシは既に、7将全ての力を手に入れて……」
「ふーこ、が……?」
なるほど、玉王は風子からも力を吸い取ったといっていた。姉妹だから歩美とまったく同じ資質が風子にあったとしても不思議ではない」
「ワシとしたことが……、何たる不覚……。まさか、二歩で破れることになろうとは……」
もう玉王の体は光るくらいに赤く染まっている。
「今回はワシの負けだ…。だが、忘れるな歩美。ワシは、ワシは必ず戻って……グハーッ!!」

ドッカーン!

断末魔の叫びと共に、玉王は派手な音と共に四散して果てた。
と、同時に体から放たれた7つの光が仲間たちに、歩美の中へと戻っていった。
「か…勝てた、の……?」
煙しか残っていない玉王のいた跡を見て、歩美は腰が抜けたようにへなへなと崩れ落ちた。
玉王の最後の言葉が気になったが、今は玉王の脅威を跳ね除けることが出来たことのほうが素直に嬉しい。
「あ、そうだ……。みんなを……痛っ!」
起き上がろうとした歩美の胸に一瞬鋭い痛みが走ったが、歩美は気にするまでもなく倒れている仲間たちの下へと走っていった。
玉王が滅んだことを報告するために。


だが、この時歩美の玉王に貫かれていた胸の部分にどす黒く『玉』の文字が浮かび、すぐに歩美の体に沈んでいくかのように掻き消えていったことに、歩美は気が付いてはいなかった…




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