無題


「「「かんぱーいっ!」」」

決して広くはない酒場に、歓声とグラスを打ちつける音が高らかに響いた。

「ぷはぁーっ…たまんないっ!」

豪快に一息でグラスの中のビールを飲み干したのは、赤毛の少女。
無骨な甲冑に身を包み、大振りな剣を背負った姿は、乱暴な印象を抱かせるが、
よくよく見れば容貌は整い、その身体には少女特有の健康的な色気が漂う。

「冒険の後のお酒は格別だものね。
 ボクも飛んだり跳ねたり撃ったり、色々やったもの。ビールがおいしいやっ」

髪を短くボーイッシュに切り揃えた少女が、後に続く。
脇に置いた弓にあたらぬように気を使いつつも、椅子に背を預け、延びをする。
その動作はまるで子供のようだが、グラスはすでに半分近く減っている。

「でも、今回の迷宮は少しきつかったです…。
 薬品の準備も切れてしまいそうでしたし…」

ちょこんと椅子に座り、大切そうにグラスを抱えている少女が、おっとりと述べる。
よほど大切なものが入っているのか、大きなバッグは胸にかけたままだ。
酒にはまだ慣れていないのか、少しずつ呑む姿が愛らしい。

「確かにあの階層に挑むのは尚早だったかも知れんな。
 だが、怪異を退治してくれとの依頼があったのだ。
 弱き者を守るのが冒険者の務めとあれば、無碍にはできまい」

銀の甲冑に身を包んだ女性が、ふわりとその金髪を翻す。
酔ってなお、その青い瞳は、強く清廉な意思を宿して隠そうとしない。

「でもぉ…」
「まぁまぁ、心配だったんだよ。こいつは優しいから」
「それは私もわかっている。だからこそ、私は彼女を頼りにしているのだ」
「えー。それじゃ私は頼りにしてないってことなのか?」
「そっ、そうではない。お前も彼女同様、私の大切な仲間だ。
 等しく大事に思っているし、死線を駆ける友として信頼している!」
「聞いたか? 『どっちも大事』だってさ。こういう男にひっかかちゃだめだよ」
「えっ、え、いえ、その…」
「誰が男だ、誰がっ!」
「ああっ…」

がやがやと騒ぎ、言い合いながらも、その声はあくまで明るく、弾んでいる。
そんな姿にクスリと微笑むと、ショートカットの少女が席を立った。

「ん? どうしたの?」
「呑みすぎたみたいだからね、ちょっと夜風に当たってくるよ」
「気をつけてくださいね」
「転ぶなよー」

仲間たちを置いて、店を出ると少女はもうすっかり暗くなった街並みをゆっくりと歩き始めた。




石畳の上を歩きながら、少女はぼんやりと仲間のことを考えていた。
今の仲間と知り合ってからもう何年になるだろうか。
強大な怪物を力を合わせて倒し、広大な迷宮を歩み、苦境を潜り抜けてきた仲間たちだ。
お互いの過去は知らない。知り合う前まで何をやっていたかさえ知りはしない。
「冒険者」などという職業を選ぶ人間の履歴なんて、ろくなものではないと相場が決まっている。
だが、それでも――あの三人は彼女に大切な、信じあい、頼りあうことのできる仲間たちだった。

「みんな…」

そんな仲間たちと知り合えた自分の運命を幸福に思う。
何ともいえない、嬉しさとも、むずがゆさとも言えない感情に、人知れず微笑んだとき。

「…え…」

少女は立ち止まった。
変だ。何かがおかしい。決定的に。そんな違和感が彼女の足を停めていた。

「なに、これ…?」

辺りを見渡し、何がおかしいのか、彼女は理解した。
人がいない。まだ夜中にはなっていない街中だというのに、誰も周囲にいないのだ。
それに辺りに漂う殺気。これは迷宮の中で感じる、影に身を潜め、こちらを狙う怪物たちの殺気そのものなのだ!

――こんばんは。

「っ…!!」

背後から聞こえた声に、少女は反射的に向き直ると、弓を背中からはずし、引き絞った。
その声の辺りには誰もおらず――いや、ゆっくりと闇が隆起を始める。

「ごめんなさい、急に声をかけたりして」

闇が隆起したと思ったのは目の錯覚だった。
そこに居るのは夜闇よりも暗い色の擦り切れたローブをまとった少女。

「誰」

声が硬く冷たくなるのもかまわず、少女は問う。
それに対して返ってきたのは、どこかに笑いと嘲りを含んだ妖しい声色だった。

「物騒だわ。弓の狙いを外してくださらないかしら」
「君が敵じゃないってわかったらね」

言葉とは裏腹に、少女は弓をさらに引き絞り、狙いを定める。
眼前の紫髪の女は小柄で、手足も細く、自分より幼い印象すら受けるが、そんなことは問題ない。
冒険者としての勘が『彼女は危険だ』と告げているのだ。

「君の目的は何。答えによってはこのまま指を離さなきゃいけないんだけど」
「あら」

クスクスと、さも少女が何かおかしいことを言ったかのように、女は笑いながら、答えた。

「――貴方に私の仲間になって欲しいの」

「なんだって?」
「嫌かしら」

意外そうに女が首をかしげる。

「私ね、今、腕の立つ可愛い子を集めてるの。
 貴方たちはそれにぴったりだから、私の仲間になって欲しくて」

女はそこまで言うと、にこり、と微笑んだ。
まるで絵画のように整った笑み――しかし、その笑みを見た瞬間、弓の少女は蛇蝎を連想した。

「…お断りだね」
「あら、どうして?」
「ボクにはもう大事な仲間がいる。一緒に戦ってきた大事な仲間だ。
 君には悪いけど、他を当たってくれないかな」
「どうしても?」
「どうしても、だね」

何を目的にしているのかはわからないが、答えは決まっている。
これ以上は力尽くになるかもしれないな、と少女が覚悟を決め、弓を引き絞った瞬間

「…え?」

女は霞のように掻き消えていた。

「うそ、なんで…」

少女が戸惑い、弓を下げた瞬間

「ようやく弓を下ろしてくれたわね。ありがとう」

妖艶な声は、背後から耳朶をうった

「ッ…!!」

飛び退く。跳躍しながら、相手の姿を確認し、矢を番え、狙う。

「はああぁぁっ!!」

一跳躍中での射撃。それも一矢ではない。抜きうって放った矢は重ねて二つ。
精密な狙い通り、右足と左腕、その両方を射抜いてみせた。

「これで…!」

戦闘能力を奪った。そう思い――

「痛いわね…こんなに痛いのよ、ほら…」
「くぅッ!?」

――それこそが、命取りとなった。
突如として右足と左足に生じた痛みに、少女は立っていることができず、崩れ落ちる。

「呪詛…? 貴方は…カースメイカー…?」
「そうよ、亜流だけどね」

本人も痛いはずであるのに笑顔を崩さない女に、弓の少女は恐怖を抱く。
その心の隙を見逃さなかったのか、女は左腕を血の滴るままかざし、呪言を紡いだ。

『畏れよ、我を』

ずぶり、という嫌な音が、少女の耳に聞こえた。
固い石畳の上にいたはずなのに、地に接した尻から自分の体がまるで汚泥の中に居るかのように沈んでいく感覚。

「こ、んな…」

おかしい。ありえない。変だ。何故。
目の前で起きる現象を信じられない少女の目に、さらにありえない物が映し出される。

「なっ…」

それは暗い赤色を帯びた細く、長い、腕。
汚泥の中から、何本もの腕が伸び、少女の体を捕まえていく。

「や、やだっ、はなせっ!!」

じたばたと暴れるが、腕の力は強く、まるで振りほどけない。
血のような匂いのする粘液をまといながら、腕は不自然な角度で曲がりながら、少女に絡み付いていく。
――そのうちの一つが、少女の服に手をかけ、それをみた黒衣の女が微笑んだ瞬間、少女はその意図を理解した。

「いやぁぁーっ!!」
ビリィィィッ!

少女の、まさしく絹を引き裂くような声と重なって、その腕は少女の衣装を切り裂いた。
白く、清らかな肌に、赤い汚泥をまとった腕が殺到し、蹂躙を開始する。

「やだ、っく、うっ、やめ、ろぉっ!!」

こちらの拒否にもかまわず、腕は少女の身体の起伏を撫で回し、身勝手な愛撫を続けながら、血の匂いの泥を塗りこんでいく。
そのおぞましさに、少女は全身に鳥肌が立っていくのを自覚した。

「く、そぉっ…こんな、こんなっ…」

怖気がとまらない。何本もの腕にまとわりつかれるおぞましさに、気を抜けば、意識を持っていかれそうになる。
腕は無遠慮に少女の腹を、薄い胸板を、腕を、脇の間を、首筋を這い回っていく。
そのたびに背筋に寒気が走り、少女は身を震わせる。

「や…やだっ…もういやぁっ…」

涙がこぼれる。どうして。どうして私がこんな目にあわなきゃいけないのか。
人でもない存在に身体を蹂躙され、穢されなければいけないのか。
悔し涙を流す少女を傍観していた紫髪の女は、ゆっくりと少女に近づくと、微笑み、

「大丈夫、そろそろ効くころだから」

耳元で囁いた。

「え…?」

女の言うことがわからない。効くころ? 何が? 私はもう既に腕に捕らえられて――

「――え?」
ドクンッ

突如、心臓が倍に膨らんだかのような感覚が、少女を襲った。
鼓動が早くなり、血流が混乱する。眩暈に似た感覚に襲われ、一瞬視界が暗くなる。

「あ、ああ…あ…あ…?」

次に来たのは熱と意識の鋭敏化だった。
皮膚の感覚が敏感になり、肌の表面を這い回る腕の感触が今まで以上に鮮明になる。
体が熱い。まるで暖炉の前に居るかのような、いや、それ以上に熱い。熱いのにぞくぞくする。
位置の感覚が狂い、自分がどこに居るのか、わからなくなる。
押さえつけられ、泥に沈んだはず? だとしたら、この何ともいえない浮遊感は何なのだろうか?
わからない、何もかもが。自分に起こった変化。
黒衣の少女は『効いてくる』と言っていた。しかし、何が? ――泥?

「ふあぁっ…!」

思考は、自分自身の声で中断された。
無数の手の内の一本が胸の頂点を掠めた瞬間、今までとはまったく違う感覚が少女を襲ったのだ。

「あらあら、可愛い声」
「〜〜〜〜〜〜!!」

顔を真っ赤にして、紫髪の女を睨みつけようとする。だが、次の瞬間、

「は、ああっ、あうっ、あっ、くあ、あ、ああっ!!」

そこを弱点と感じたか。三本の手が胸に取り付き、執拗な愛撫を開始した。
そっと肌を撫で上げると、触れるか触れないかという強さで乳首を刺激したかと思えば、
その乳首を強くつまみ、転がすように撫で回す。

「やだ、や、やめっ、んくぅ、ふあ、ああっ、あぅ!」

今までおぞましいとだけ思った腕に、ほんの少し嬲られただけで、乳首は硬くしこり、勃起している。
そのことを恥ずかしく、忌まわしいと思っても、背筋を走る甘美な感覚には抗えず、甘えるような声が口をついて出てしまう。
声だけではない。本人も知らないうちに、腰は勝手に動き、もじもじと膝をこすり合わせてしまう。

「あぁ、うぁぁ………やっ、だめ、そこは、やぁっ…」

腕が下腹部へと滑っていくのを見ても、抵抗できない。体にろくに力が入らないのだ。
パンツをずりおろされ、そして、露になった秘部に腕が取り付いた瞬間、

「…………っ!!」

息が止まるほどの快感が、少女を襲った。
得物の弓に負けないほど背をそらして、快楽に耐えようとするが、腕はお構いなしに愛撫を激しくする。
指で陰唇をそっと撫で上げ、汚泥を刷り込み、その流れで敏感な肉芽をも陵辱する。
女性器のわずかな綻びを見つけるかのように侵入した指が泥が膣内にすら塗りつけ、ますます少女の体を変貌させていく。

「ひあぁ、あふ、ふあっ、あんっ、んっ、んあっ、あはぁっ…」

さらに細く、長くなった指が膣内に侵入し、優しく、荒々しく、体内を蹂躙していく。
愛液が勝手にあふれ、泥と混ざり合い、ぼたぼたと音を立ててこぼれていく。

「あっ…ああっ…あああっ…あ…あーっ…あー…あ…あー…」

もう少女には規格外の快楽を受けながら、反射で声を漏らすことしかできなかった。
自分が何をしているのか、どこにいるのか、それすらもわからない。
ただ、膨大な気持ちよさと――それ以上の恐怖だけがあった。

「あ……あ………ああ…」

自分の身体に裏切られたかのような激しい感覚、味わったことのないほどの快楽。
手も足も言うことを効かない。体の芯からぐちゃぐちゃにとけてしまったかのように、全身が痺れて何もできない。
怖い。自分はどうなってしまったのだろう。どうなってしまうのだろう。どうすればいいのだろう。
何もわからない。怖い。気持ちいい。怖い。気持ちいい。怖い。怖い。怖い!

「――あ」

気がつけば、目の前に手が差し出されていた。
白く、美しい手。体を蹂躙する赤く黒い手とは違う、冷たい美しさをたたえた手。
手の元を視線で追えば、紫髪の女が、まるで慈母のように優しく微笑んでいた。

「――ああ」

この手だ。
この手に縋ればいいんだ。
そうすればこの恐怖は消える。
私を救ってくれる。

弓の少女が手の甲にうやうやしくキスをするのを見つめた後、
黒衣の女は強く、優しく、妖しく、蟲惑的に微笑みながら呪言を紡ぎ、

『従え。我が命に』
「…はい…!」

少女は強く頷き、その瞬間、世界が一変した。
無数の腕も、赤い泥も全てが一瞬で消え、破かれたはずの衣装を弓の少女はまとっている。
いや、全てはカースメイカーの呪詛がつくりだした幻影だったのだろう。
偽りでないものとすれば、それは。

「私の仲間になってくれるわね」
「はい…もちろんです…」

虚ろな瞳で微笑みながら、少女は女に答える。
うっとりとした顔。上気した肌。彼女の心の中では先程の快楽と恐怖はまだ続いている。
幻影の呪詛は、確かに少女の心の奥底を縛り付け、永遠にその虜としたのだ。

「ボクは、貴方に忠誠を誓います…。
 だから、お願いします…ボクを捨てないでください…ボクを導いてください…」

媚びた笑みを浮かべ、少女は黒衣の女へと擦り寄っていった。

数刻後。

「おそいなぁ、あいつ…。どこまでいったのかな」
「さ、探してきましょうか」
「やめておけ。お前が探しに行っても迷子になるだけだ」

もう夜も更け、酒場も流石に静かになり始めた。
これからどうするのか、新しい冒険に進むのか、力を蓄えるのか。
装備品や物資は何を用意するのか。話すべきことは山ほどあると言うのに。

「――ただいま」
「「「っ」」」

探しに行くかどうかを誰もが本格的に考え始めたころ、待ち人の声がした。
酒場のドアの前には、少女が、何もなかったかのように立っていた。

「ったく! どこまでいってたんだよ…心配したじゃないか」
「ごめんごめん、あんまり良い月夜だったからさ」
「だからと言って、遠出をするなら前もって言ってくれ」
「だから、ごめんってば」

駆け寄っていった二人の後を、遅れてきたもう一人がおずおずと近づき、心配そうに声をかける。

「あの…体の調子、よくないんですか?」
「……なんで?」
「えっ、いえ、そんな理由があるわけじゃないんですけど…
 その、顔がちょっと赤いし、足も少しだけふらついてるかなって」
「……大丈夫だよ。むしろ今までになかったぐらい良い気分なんだ。
 本当に必要なものを見つけたような…気持ちよくて、安心した気分なんだよ…」
「え…」
「だから、ね。大丈夫だよ」
「は、はい…」

一瞬仲間の顔をよぎった、まるで別人のような表情に戸惑いつつも、
気弱な少女はそれ以上追及できず、黙り込んでしまう。

「ああ、そうだ。皆に紹介したい人が居るんだ。
 ほら、入ってきて」

そう言って向き直ると同時に、酒場のドアをすり抜けるように、一人の女が入ってきた。
黒衣に身を包んだ、紫髪の妖艶な女性である。

「次の冒険には彼女も同行させたいんだ。
 確か、チームの枠にはまだ空きがあったよね」
「えっ…」

言葉を失ったのは、赤髪の剣士の少女だった。見れば金髪の少女も難しい顔をしてうつむいている。

「…いや、別にかまわないけど、さ。その…チームワークって言うか、何て言うか…」
「私も同意見だ。冒険ともなれば、個人の実力はもちろん、連携などの錬度も大事な要素となる」
「大丈夫、自分のみは自分で護れるって。ね?」
「ええ、そうです…ふふ…」
「まぁ…そういうなら、よ…」
「むぅ…」

しぶしぶ、といった様子で二人が頷く。

「それでは、先に休ませてもらうわね…」
「うん、先に宿屋に行ってて」

黒衣の女はそれだけいうと、入ってきたとき同様、足音もなく立ち去っていった。
それを見送った後、二人は深刻な顔をして、弓の少女へと向き直る。

「…さっきの話、本気なのか?」
「うん、もちろん」
「お前がそういうのなら、これ以上は反対はしない。…私も疲れた。宿へ向かうとしよう」
「私もそうするかな。…いこうぜ」
「はっ、はい…」
「ボクはここの支払いを済ませておくね」
「悪いな。おやすみ」
「それでは、また明日の朝に」
「おやすみなさい」
「うん、おやすみなさい」

去っていく三人を見つめながら、弓の少女はもう表情を隠そうともせず、
幻影に嬲られていたときのような淫らな微笑を浮かべながら、そっと呟いた。

「…大丈夫。皆、気に入ると思うよ…二、三日もすれば、ね…」