安らぎという名の…

『安らぎという名の…』

それは、突然のことだった。
中央大陸から突如発生した暗黒の雲は、じわじわと空を覆い尽くし地上へ降り注ぐはずの日光を妨げ
大地を荒涼たる荒地へと変貌させた。
それと共に世界各地に出没していた皇魔族の活動が活発化し、数々の集落が襲撃されて夥しい数の被害が出ていた。
もちろん人類も手をこまねいていたわけではなく、それぞれの地域の戦士たちや中央大陸から派遣されてきた
親衛騎士と魔道士が立ち向かっていったが、数の多さと皇魔族の戦闘力、なにより中央大陸が全くの音信不通に
なってしまったために横の連絡が全く出来なくなってしまい、各所各所で自己の判断で抵抗を続けるしかなくなっていた。
勿論これでは効率は上がらず、抵抗拠点が各個撃破されてしまうことも珍しいことではなかった。
さらに、人々の間でいつしか沸きあがった一つの噂。

『知っている人間が、化物になって自分達に襲い掛かってきた』

これが常に襲われ続けている人間達に疑心暗鬼を生み出し、互いが互いを疑いの眼差しで計るようになり
それがますます抵抗を弱体させる要因になっていた。
なかには中央大陸に戻って事の顛末を確かめようとした輩もいたが、それらは例外なく二度と戻ってくることは無かった。
神羅連和国はどうなってしまったのか。皇帝陛下はどうなってしまったのか。
我々は、どうなってしまうのか。
人々は明日への希望を見つけられぬまま、その日を生きるためだけにただひたすら抵抗に明け暮れていた。
そして、それは飛天地域のとある町でも行われていた。


町の中にある教会。そこは簡易的な野戦病院と化していた。
強固な外壁を持つその集落は皇魔族の襲撃を度々跳ね返してきたものの、兵士や騎士たちには夥しい被害が発生していた。
五体満足ならまだマシな方で、腕を無くしたり脚を無くしたりしているのはザラ。回復魔法を掛けようにも
使える人員は限られているうえあまりにも患者が多すぎていちいち使っていては術者の精神力が持たない。
それゆえ怪我人は簡単な治癒魔法と手当てで教会の床に転がされていると言ったありさまだった。
そんな中、この地域に派遣されてきた聖女(シスター)の代表、マルガリーテは患者の苦痛を少しでも
取り去ろうと、他の仲間と共にかいがいしく介護を続けていた。
「頑張ってください…。あなたは一人ぼっちではないのですから…」
腕がもげ、痛みに顔を歪ませる患者に苦痛を和らげる魔法を掛けてから、患部に痛み止めを塗り包帯を
巻きなおし、励ましの言葉を与えていく。
それを何人、何十人と繰り返していくのは決して楽なものではないが、マルガリーテ達は嫌な顔一つせず
己の為すべき事をこなしていた。

私達は直接敵と戦う力はない。でも、戦う人間を後ろで支え希望を与えていくのも立派な戦い。

それが自分達のリーダーであり、憧れでもある聖母(マザー)ティータの考えであり、そのことをマルガリーテ
達も信じ率先し続けてきた。
例え、現状が絶望的なものだとしても。




また、一人の兵士が力尽きて黄泉路へと旅立った。
マルガリーテは仲間と共に兵士だったものを担ぎ出すと、教会裏の庭に穴を掘り丁重に葬った。
「もう…、こんなにも多くの人たちが死んでしまったのですね…」
マルガリーテの周りには、今作ったものも含め50ではきかない数の土饅頭があった。その中には
普段の状態なら助かった人間も数多くいる。絶え間ない皇魔族の攻撃と夥しい数の怪我人が満足な医療を
施すことを許さず、体力的に弱い人間は体を直しきれずばたばたと死んでいった。
マルガリーテたちに非があるわけではない。むしろ彼女達は自分達の限界を超えて任務をこなしていた。
ただ、この状況が異常に過ぎるだけだ。
「マザーは、無事なのでしょうか……?」
同僚の聖女がマルガリーテに話し掛けてきた。聖母ティータは中央大陸に残っていたのでどうしても
安否が気になる。が、中央大陸との連絡が全く途絶している現在、それを知る手段は全く無い。
「マザーを信じましょう。今私たちが出来るのは、それだけですから…」
マルガリーテは内から広がる不安を必死に抑えて答えた。ここの代表たる自分が不安を顔に出しては
周り全員が動揺してしまう。マルガリーテもティータが気にならないはずがないのだが、そこはキッと
抑えて顔に出さないようにするしかない。
「さあ、まだ私たちがなさねばならないことは沢山あります。持ち場に戻りましょう」
マルガリーテは仲間を連れ添い、自分達の戦場である教会の中へと戻っていった。


明日への希望をもてない一日が、また終わろうとしていた。常に薄暗い雲に覆われている空は日没が
いつなのかの判断がつきにくくなっているが、夜になれば皇魔族の襲撃は一段楽するので最近はそれを
日が暮れたことの指針にしている。
言い換えれば、日が出ている間はいつ皇魔の攻撃を受けてもおかしくないといえる。この終わりの見えない
状況にマルガリーテたちもさすがに参り始めてきたが、だからと言って命を無為に差し出すほど諦観してもいない。
「ふう…」
今日も介護に治療に埋葬に奔走し、くたくたになった体を引きずってマルガリーテは宛がわれた自室へと戻ってきた。
顔には疲労の色がべったりと出ており、部屋に入るや否やベッドに頭から突っ伏してしまった。
突っ伏しながら、マルガリーテはこれからのことに頭を馳せていた。
「……………」
疲れで鈍った頭でも、マルガリーテには今の状況が最悪なのは分かる。救援の当ても全く無い孤立した
一集落で、日々絶えることなく行われる外敵の攻撃。食料も医薬品も、残りは決して多いとはいえない。
中央都市宮殿はどうなったか、隣の町がどうなったのかなどの連絡は皆無であり、もしかしたら全世界で
自分達だけが生き残っているのではとありえない妄想も頭を走ってしまう。
「このままでは……、助けが来る前に間違いなくこの町は全滅してしまいますね…」
何でもいいからとにかく外の情報が欲しい。そうすれば、何かしらの対処、対策も取りやすくなる。
が、いままで外に出て帰ってきたものは誰もいない。そして、これ以上兵士を外に出すわけにはいかない。
怪我人続出で町を守る絶対数すら足りないと言うのだから、もはや兵士が一人でも欠けるわけにはいかない
「いざとなったら…、私が行くしかないわね…」
生きて帰れる保障は全くないが、どうせこのままではこの町を枕に全員死んでしまう運命だ。一か八か、やる価値はある。
早速明日にでも町長に掛け合って、外に出る許可を貰おう。
まあ、だめと言われても行く覚悟であるが。
「マザーよ、どうか私をお守りください…」
そう呟いたあと、あまりの疲労からマルガリーテはそのまま深い眠りに入ってしまった。


どれくらい経ったのだろうか。

トントン

どこからかドアをノックする音が聞こえる。が、泥のように眠るマルガリーテはそのことに気づかない。


トントン

「………?」
少し間をおいて再びノックの音が響いた。その音に、マルガリーテは少しだけだが覚醒した。

トントン

「………!」
今度は確実にマルガリーテの耳にドアをノックする音が聞こえてきた。マルガリーテはベッドから飛び起き
外にいる人間に入るように言おうとしたが、着替えもせずベッドに突っ伏すように寝たために、髪はぼさぼさ
服はよれよれ、口元にはベッドのしわと涎の痕が不可思議な模様を作っている。これで人前に立つのは
少し、いや大いに恥ずかしい。
「ち、ちょっと待ってください!」
マルガリーテは慌てて身繕いをしようと鏡台のほうへ向ったが、その時マルガリーテの静止を無視した
かのようにドアがガチャリという音を立てて開いた。
「な!ま、待ってくださいと言った…………え?!」
マナーを完全に無視した行為に、マルガリーテは珍しく心の底から怒って侵入者の方へと振り返った。
が、その次に続く言葉は侵入者の顔を見た瞬間消え失せてしまった。

「元気そうですね。聖女マルガリーテ」

「マ、マザー!!」
マルガリーテは驚きで思わず両手で口を塞いでしまった。
そこにいたのはマルガリーテが常に安否を心配していた聖母ティータだった。
「ご無事だったのですね!」
マルガリーテはティータが無事に自分の前に現れたことに、安堵感と安心感から久しぶりに心に光が射した感じがした。
冷静に考えれば、こんな時間にこんな場所に中央大陸にいるはずのティータがいるのは実に不自然なのだが
そのありえない状況に気分が高揚しきっているマルガリーテにそのことに気づく余裕は無い。
「マルガリーテ、あなたは自分が為すべき事を、しっかりと果たしていたようですね」
「うあぁ…。マザー、マザーぁぁ……!」
それまで強いられていた責任と重圧から解放されたからか、マルガリーテは湧き出てきた涙をはらはらと
流しながらティータの胸に飛び込んでいった。
ティータはそんなマルガリーテをしっかりと抱きしめると、わあわあと泣くマルガリーテをわが子を
あやすかのように頭をスリスリと撫で上げた。
「マザー、私不安でした。この世界がどうなってしまったのか、私たちはどうなってしまうのか。
毎日毎日、不安で不安で潰れてしまいそうでした…」
そのたぐい稀なる魔力の高さからこの地に派遣された代表となったマルガリーテだったが、現実はまだ
20に満たない少女である。その双肩にかかった重圧を受け止めるには、いくらなんでも幼すぎた。
「大丈夫です。もう何も不安に思うことはありません。
あとは私が全ての責任を持ちます。全てを私に委ねればよいのですから…」
ティータの慈母のような笑顔が、マルガリーテにはとても輝いて見える。
ティータの全てを包み込むような言葉が、マルガリーテに心地よい安心感を与えている。
「あぁ…」
程よい湯加減の産湯に使っているような感覚がマルガリーテの心の中を侵食していっている。目の前にいる
マザーの存在を感じるだけで、自分の全てが満ち足りていくような気持ちを感じている。
「………………」
次第に、マルガリーテの顔から表情と言うものが消えていった。歓喜に潤んでいた目は光をなくし、
嗚咽を漏らしていた口はきゅっと閉ざされている。
ティータが手を離すと、マルガリーテはその場にただ棒立ちになっていた。そこからは、さきほどの
驚きとか喜びとかいったものは窺い知ることは出来ない。
「それでは、今のここの状況を見せていただきましょう。マルガリーテ、案内をお願いします」
「…わかりました。マザー…」
マルガリーテはこっくりと頷くと、虚ろな表情でふらふらとドアへ向って歩き出した。
その後ろ姿を冷ややかに見つめるティータの瞳は、鮮やかな金色に輝いていた。


「ここです…」
マルガリーテはティータを伴い、仮設の病棟としている礼拝堂にやってきた。重傷者もいるとはいえ
さすがに深夜なので中は多少の呻き声はするものの静かなものである。
「大怪我をしている人もかなりいるのですね」
「はい…。
毎日、毎日、たくさんの人が苦しみながら天国へと旅立っていっています…。その方々を見るたびに
自分に対する不甲斐なさと情けなさ。死に行く人への申し訳なさから胸がギュッと締め付けられそうです…」
目元こそ虚ろだが、マルガリーテは無念さをかみ殺した表情を浮かべ、涙を浮かべながらティータに語りかけた。
「かわいそうなマルガリーテ…。さぞ辛かったのでしょうね……
でも大丈夫です。私があなたの苦しみを解き放って差し上げます」
あくまでも優しく、ティータはマルガリーテに向けて囁いた。
「あなたはこの苦しむ人たちを見るのが、辛くて辛くてしかたが無いのですね。
こんなにも苦しんでいる人たちに何も出来ない自分が、許せないのですね」
「はい…。マザー……」
腕がもげ、脚がちぎれ、目が潰れている患者が自分の目の前にいる、が、自分はそれに対して励まし、
痛みを和らげるぐらいしか為すべき事が無い。
マルガリーテは、いっそ自分が代わりに腕を無くなれば、脚が無くなればと何度も考えた事があった。
そして、そのかわりに腕が、脚が生えてくればと思いもした。
勿論、そんなことはありえないことなのだが。
「私は……、誰の苦しむ姿も見たくないのです。皆、心安らかに過ごすことが出来るようにしたいのです…
例え、助かりようの無い怪我を負っていたとしても、旅立つその刻まで苦しむことのないよう見守っていきたいのです…」
「確かに、助からない人に対し最後まで見守っていくというのは良い考えかもしれません」
マルガリーテの言葉に、ティータは肯定の言葉を贈った。
が、その次に続いた言葉はマルガリーテが予想もしていないものだった。

「ですが、それだけが正しい道とは限らないのですよ」

「えっ…?」
マルガリーテは、ティータの言葉に一瞬ビクッと背筋を伸ばし虚ろな目を大きく見開いた。
「ど、どういうことですか?他に何か、方法があると言うのですか………?」
「あります。それは……」
ティータが言葉を続けようとしたとき、奥のほうでひときわ大きい呻き声が上がった。
マルガリーテとティータは呻き声の主のもとへ急行する。
「どうしました……、あっ!」
その様を見て、マルガリーテは思わず絶句してしまった。
その兵士は、昼の戦いで腹を破かれ瀕死の重傷で担ぎ込まれた者だった。
何とか縫合をし、治癒魔法をかけたから容態は安定していたのだが、今その兵士の腹の縫い合わせた部分は
壊死を起こし紫色に変色している。口から血を溢しているところを見ると、どうやら傷は内臓まで達していた
みたいであり、それが内容物を体に撒き散らして腹膜炎を起こしてしまったのであろう。
「マ、マザー……」
「…………」
泣きそうな顔で訴えかけるマルガリーテに対し、ティータはふるふると首を横に振った。どうみても手遅れである。
「い、痛い…!は、腹が……グハッ!」
「あきらめないでください!気をしっかりもって!!」
もはやどうすることもできず、マルガリーテは死にかけた兵士の手をぎゅっと握って訴えかけるしかなかった。
「シ、シスター……」
兵士が、最後の力を振り絞っているのか、擦れるような声でマルガリーテに話し掛けてきた。
「は、はい!なんでしょうか!!」
「お、俺を……」
「あなたを?!」
なかなか声が出ず、暫く口をぱくつかせていた兵士が、ようやっと紡ぎだした続きの言葉。

「俺を…、殺してくれ……」


「えっ?!」
マルガリーテは兵士の言葉に絶句した。
「俺は…、もう助からない……。だったら、一刻も早く、この苦しみから解放してくれ……」
「そ、そんな!そんなことできません!他人の命を奪うなんて、そんな……」
「お願いだ…。慈悲と思うなら、はやく、このおれを……」
兵士の言葉は切実で、本当に早く楽になりたいという気持ちが窺い知れてくる。
が、そう分かってもマルガリーテにそれを実行できるはずが無かった。
「できません…。できません……」
マルガリーテはただ、ぺたんと腰を落しできませんと呟くことしか出来なかった。

ヒュド!

その時、マルガリーテの顔の横を鋭く空気を切り裂く音と共に通り過ぎるものがあった。
「え……」
鈍く肉と骨を貫く音がしたかと思うと、兵士の心臓にティータが振り下ろした金色の杖が突き刺さっていた。
兵士の体から、一拍の時を置いて噴水のように血が噴き出してきた。跳ね飛び散る血は、勿論目の前にいる
マルガリーテにも降り注ぎ、一瞬マルガリーテの視界が真っ赤に染まった。
一瞬、マルガリーテには目の前で何が起こっているのか理解できず、ただ呆然と溢れる血を見ていることしか
できなかったが、跳ねる血が当たるショックで気を取り戻すと、ありえない行動を起こしたティータに
泡をくってかかった。
「マ、マザー!なんて事をするのですか!こ、こんなに、この人から、血が………」
だが、取り乱しているマルガリーテに対し、ティータはあくまでも冷静な態度を崩さず諭してきた。
「落ち着きなさい、マルガリーテ。私は、この人に救いを与えてあげたのですよ」
「救い……?!」
マルガリーテには、ティータの言っていることが理解できなかった。ティータの行ったことは間違いなく
殺人である。それがどうして、救いを与えてあげたことになるのか。

「あ……」

その時、心臓を貫かれ息も絶え絶えの兵士から微かだが言葉が漏れてきた。その顔は、死に臨むにしては
ありえないくらい穏やかな表情をしている。
「あ、り、が、と、ぅ……」
兵士は、ティータに感謝とも取れる言葉を掛けると、がくりと頭を垂れた。
その体から、体温が急速に失われていき、つい今まで生きていた兵士は、物言わぬ肉塊と化した。

「な、なんで…、ありがとう。なんですか……?」
自分を殺した相手に、感謝の言葉を贈り事切れる。先ほどのティータの行動も、兵士の今わの際の言葉も
マルガリーテには受け入れ難いものだった。
「この方は自分が助からないことを悟り、一刻も早く苦しみから解放して欲しいと願っていたのです」
顔を真っ青にして呆然としているマルガリーテに、ティータが肩に手をかけて囁いてくる。
「本人が苦しみから逃れたいと願っているのに、手を下さずじっと見守り続けることが果たして慈悲と言えますか?
違うでしょう。例え自分の手を汚してでも、本人の願いをかなえてあげるのが慈悲と言うものではないのですか?」
ティータの言うことには確かに一理ある。そして、これが先ほどティータが言おうとしていた『もう一つの方法』という事も理解できる。
「そ、それはそうなのかもしれません。でも、命を、奪うなんて……」
「ほら、あなたの足元の人もあんなに苦しがって……」
ティータが指差した先には、眠りにつきながらも体を蝕む痛みからか顔を苦しげに歪めうんうん唸っている兵士がいる。
「さあマルガリーテ、あなたの手であの方の苦しみを解放して差し上げるのです」
どこから取り出したのか、ティータの手には切れ味が鋭そうな一振りの剣が握られている。ティータは
その剣をマルガリーテに握らせ、呻き声を上げる兵士の前へと促した。
「あ、あ……」
マルガリーテは両手で剣を持ちながらガタガタと体を震わせている。剣を持つのは初めてだしその目的が
人を殺めるためとあっては震えないほうがどうかしている。
「さあ、やるのですマルガリーテ。その剣であの方の胸板を貫くのです」
ティータの言葉が呪縛となってマルガリーテに絡み付いてくる。マルガリーテは震える足を引きずり、
剣を逆手に持ち替えて兵士の枕元に立った。


「そうです。そのまま剣を振り下ろすのです!」
「う、うわあぁぁぁぁっ……!」
目を恐怖にかっと見開き、表情を引きつらせながら、マルガリーテは意を決して剣をぶん!と突き下ろした。
とすり、と手に軽い感触が伝わってくる。剣はまるでバターにナイフを刺すみたいにあっさりと兵士の胸に
吸い込まれ、派手な血飛沫を上げる。
兵士はショックでカッと目を見開いたが、すぐに意識をなくしてその場に斃れた。
「あ、あぁ…、私、人を殺した…。わたし、人を……」
兵士に剣を刺したまま放心しているマルガリーテに、ティータが満足そうに近づいてきた。
「よくやりましたマルガリーテ。あなたは今、この方の魂を解放したのですよ」
「た、魂を…、解放、した……?」
「そうです。人として生きる苦しみから、死という安らぎを以って解放したのです。あなたは素晴らしいことをしたのですよ」

死……、安らぎ……、解放……

ティータの言葉は、殺人という禁忌を犯したマルガリーテに、免罪符のような安心感を与えてきている。
(…これは、マザーがよいと言った行い……。これは、正しいこと……)
マルガリーテが、兵士の体に納まったままの剣をぬぷり、と抜き取る。赤い鮮血に塗れたそれは一種神々しいまでの雰囲気を纏っている。
「これは……、正しいこと。これは、正しい……」
マルガリーテは、剣をじっと見ながらぶつぶつと呟いていた。
「ほら、ボーっとしている時間はありません。他にも、あなたに救いを求めている方が大勢いるのですから」
「え……?」
みると、マルガリーテとティータの周りを沢山の怪我をした兵士が取り巻いていた。全員、何かしら大怪我をしており
苦痛による呻き声を上げている。

「シスター……、もう苦しみたくない…」
「いっそ、殺してくれ……」
「お願いだ。早く楽に……」

苦しみの原因は三者三様、だがこの場にいる全員がマルガリーテに対し死と言う救いを求めてきている。
「わ、私は……、私は……!」
「マルガリーテ、これは神があなたに与えた試練なのです。彼らを全員救うのがあなたに課せられた責務なのです」
ティータがマルガリーテに対し厳しく言い放つ。勿論救うということは彼らを殺すことに他ならない。
「この人たち全員を…、私が殺せと言うのですか……?!」
「殺す、ではありません。解放するのです。彼らもそれを望んでいるのです。
聖女マルガリーテ。あなたがなすべきことは苦しむ人々を楽にしてあげることではないのですか?
その手段が何であれ、やるべきことはしなければいけないのではないですか?」
「あ、あ……」
もう、何が正しいのかわからない。
ティータの言うことが正しいかもしれない。でも人を殺すのは正しいことではないいやこれは解放だ魂を
解き放つ行為だ人殺しではない命を奪うそうではない安らぎを与えるのだいけないことではないわるいことではな

「うああああああああああああっ!!!!」

堂々巡りになった思考がパニックを起こし、マルガリーテは剣を振り上げると近くの兵士に走りかかり思い切り剣を振り下ろした。
兵士の体はあっさりと両断され、どさりと地面に落ちた。
返す刀で横の兵士の首を跳ね飛ばし、振り回した刃で隣の兵士を腕ごと真っ二つに切り裂く。
「うわぁっ!うわぁっ!うわぁぁっ!!」
辺り構わずめちゃくちゃに剣を振り回すマルガリーテの瞳には明らかな狂気が宿っていた。
(これは救い!これは正しいこと!私は正しいことをしている!)
そう考えていなければ、罪を思う重圧で心が潰れてしまいそうだった。
が、その気持ちは次第に薄れていくこととなった。


なぜなら、マルガリーテに斬られている兵士は、皆一様にマルガリーテに対し恨みでも苦痛でもなく
感謝の表情を贈って息絶えていった。罪悪感で心が痛むことはなく、自分が正しい行いをしていると言う
気持ちが、マルガリーテの心を歪めながら満たしていっている。
(ほら、みんな私に感謝している!殺しても、殺しても非難も軽蔑もされていない!
みんな私に殺されたがっている!もっと、もっと!もっともっと殺してあげないと!!)
いつの間にか、マルガリーテは嬉々として剣を振るい、ばっさばっさと周りの人間を斬り倒していった。
血糊で手が滑ろうが切り落とした肉を踏もうが関係ない。とにかく命を奪うことが愉しい。肉を切り裂く
心地よい感触が手に伝わるたびゾクッとした震えが体中を駆け巡り、暖かい血飛沫が目に鮮やかに映えるたびに
湧き上がる興奮から下腹部がじゅん、と熱くなる。
(気持ちいい!人間を殺すの気持ちいい!もっと、もっと私に殺させて!)
果たして今まで自分は何をしてきたのだろうか。わざわざ死にかけの人間をなにもせずにジッと傍で佇んで
いるだけで、こんなにも愉しく心地よい時間を作る機会を自らの手で閉ざしてきていたのか。
「アハハハハッ!!これ最高!死ね、死ね!死ね死ね死ねぇっ!!」
真っ白な修道服が返り血で緋く染まっても、マルガリーテはお構いなしに延々と剣を振るいまくっていた。


「ハァ…、ハァ…」
あれから後、マルガリーテは数え切れないほどの数の人間を斬り殺した。休みなく体を動かし続けたので
さすがに息が切れ、剣を支えにしてどうにか立っている状態である。
はっきり言ってまだ全然殺したりないのだが、もはや体が言うことをきかない。
マルガリーテの周りには、自らが斬って捨てた屍が死屍累々と横たわっている。持っている剣は血脂で
切れ味は著しく落ち、刃は所々で零れており剣として使うことは出来なくなっている。
だが、マルガリーテの周りにはいまだに夥しい数の人間が取り巻き、殺してくれ、殺してくれとマルガリーテ
に迫ってきている。
「マルガリーテ、まだ休んでいる暇はありません。これほど多くの方がいまだに、あなたに救いを求めているのですよ」
「マ、マザー……」
ティータの言葉に、マルガリーテは再び剣を振ろうとした。が、やはり体が疲労でどうにも動かない。
とうとうマルガリーテは、手に持った剣をからりと地面に落とし、涙声でティータの方へと向き直った。

「ダ、ダメです……。マザー、もう、もう体が動きません……。今の、今の私では…
人間を、殺し尽くすことが出来ません…」

この涙は、死を望む人間に対し自分の力不足でそれをかなえることが出来ない無念さから来る涙ではない。
生の苦しみから解放するために死を与えると言う最初の大義名分などはとうの昔に捨て去り、殺人に快楽を
求め始め、その快感を味わうことが出来ない悔しさから来る悔恨の涙だった。
「あら…、そうなの……。
それは困りましたね。このままではあなたは神の試練に応えることが出来なくなってしまうわね。
あなたが持つ神への思いは、その程度のものだったのですね。そんなことでは、私のもとにいる資格はありません」
マルガリーテは自分を貶めるようなティータの物言いにびくりと体を震わせ、思わずティータの所へと駆け寄っていった。
「マ、マザー!私を、私を捨てないでください!私、もっと、もっとたくさん人を殺したいんです!」
泣きながら放ったマルガリーテの一言に、ティータはそれまで被っていた慈母の仮面をかなぐり捨て、
酷薄な悪魔のような笑みを浮かべた。
「マルガリーテ、あなたは神につかえる聖女ではなかったのかしら?それなのに、そんなに人を殺したいのですか?」
「はい!殺したいんです。殺したいんです!!聖女では人が殺せないんだったら、私、聖女じゃなくても構いません!」
自らの持つ黒い欲望をかなえるため、マルガリーテの言動は激しさを増していく。
「あなたは人間なんですよ?人間が人間を殺したい、なんて言っていいと思っているんですか?」
「それでも、それでも私、殺したくてしょうがないんです!人間だと人間を殺せないんだったら、私、人間じゃなくなっても構いません!」
衝動的に口から飛び出した一言。マルガリーテは自分がどれほど重要なことを口走ったか、すぐには理解できなかった。
「そうですか……。よく言えました」
その瞬間、周りを十重二十重と囲っていた兵士たちは霧が晴れるかのように消え去ってしまった。


「えっ……?」
ティータの幻術に取り込まれていたとは露知らず、事態が飲み込めずに周囲をきょろきょろと見回す
マルガリーテの頭を両手で抑えたティータが、マルガリーテを金色に光る瞳でジッと睨みつけてきた。
「では、私の手で人間をやめさせてあげましょう。私が与えられた分け与えることでね………。ククク………」
「マ、マザー…、何を、言って……、ヒャッ!」
訳がわからず呆然とするマルガリーテの太腿に、何か滑るものが触れる感触が伝わってきた。鰻のように
ぬるぬるしたものは太腿を伝い、下着の隙間に入り込み、マルガリーテの中に侵入しようと試みている。
「な、なにこれ!」
異様な感触から逃れようと体を動かそうとしたマルガリーテの両腕を、ティータががっしりと掴んだ。
「マザー?!」
「ダメよ、逃げては」
マルガリーテの目の前で、ティータの容貌がどんどん変化していく。
背中から伸びる大振りの黒い羽、血の通わぬ青い肌、長く生え揃った爪、金色の瞳。
一瞬の間もなく、ティータは人間の敵である皇魔へと姿を変じてしまった。
「キ、キャアアァッ!!」
「さあ、あなたも皇魔になりなさい!人間の殻を脱ぎ捨て、皇帝陛下の下僕と生まれ変わるのよ!」
ティータの腰から生えた尻尾がマルガリーテの下着を引きちぎり、強引にマルガリーテの中へ入り込んできた。

「あうーっ!!」

股を引き裂き潜り込んでくる氷のように冷たい感触に、思わずマルガリーテはくぐもった悲鳴を上げたが、
挿入そのものは乙女であったにもかかわらずさほどの痛みも衝撃も感じなかった。先ほどの殺戮劇で
相当な性的興奮を感じていたのか、マルガリーテの下腹部は熱く潤みきっており痛みを和らげていたのだろう。
「いやぁっ!なにこれ…。抜いて、抜いてぇ!」
「バカなことを言わないの…。これからあなたに素晴らしい力を分けてあげるのだから…」
マルガリーテを串刺しにしているティータの尻尾が、根元からボゥッと黒く光った。光は尻尾をうねりながら
移動し、マルガリーテの胎内へと注ぎ込まれていっている。
「抜いて、抜いて……え?」
凍るような冷たさしか感じなかった挿入されている尻尾から、不意にカァッと燃えるような熱さが放たれてきた。
「あ、熱っ!あつうぅぃぃっ!!」
子宮内で燃え広がった熱さは次第に範囲を広げ、腰、腿、胸、脛、腕と体全体に広がってきつつある。
「いやっ!体が、体が熱いぃっ!!」
不思議なことに、熱さが行き渡るごとに全身を包んでいた疲労感が収まっていき、むしろ体の内から新たな力が
沸々と湧き上がってくるのが感じられる。
「あっ、あっ、あぁっ!!!」
(ああっ!これ凄い!力が、力がどんどん膨らんでくる!体が、爆発してしまいそう!!)
どんどんと体内に篭められていく力に、マルガリーテは歓喜に顔を蕩かせその全てを受け入れようとしていた。
その膨らみ続ける黒い力はマルガリーテそのものを作り変え、新たな心と体を与えんとしている。
そして、外に噴き出してきた黒い力の渦は、マルガリーテの外見すら変えつつあった。
生まれつき高い魔力を有していたマルガリーテは、隔世遺伝で飛天族の小さい羽を有していたが、その羽が
ひときわ大きくなったかと思うと青黒く変色した。
健康的な小麦色の肌は、内側からじわじわ侵食してきた血も通わぬ青色に染め替えられ、四肢の爪は
獲物を狩る鷹のように長く、鋭く伸びてきている。
快楽に喘ぐ口からは、肉を切り裂く大きな犬歯がぎりぎりと生え、澄んだ翡翠色の瞳は魔的な金色の輝きを放ち始めた。
「ふぐああぁぁっ!!マザァッッ〜〜!!私、もう、もうダメですーーっ!!」
腰を反らし、ビクビクと喘ぐマルガリーテの腰から、最後の締めとばかりに悪魔のような尻尾が粘液を纏いながら伸び始める。
「あらあら、可愛い尻尾だこと」
ティータが意地悪そうにマルガリーテの尻尾をぎゅっと掴む。今まで存在しなった器官を、しかも生えたての
敏感な状態で不意に触られたため、マルガリーテの腰に電撃を食らったような感覚が走った。
「ひ、ひああああぁぁっ!!!」
マルガリーテは腰が抜けるような感覚に金色に光る目を限界まで大きく見開き、快楽に顔を青く染め
ティータの腕の中でプルプルと体を細かく蠢かせていた。
「フフフ、どうかしらマルガリーテ。生まれ変わった自分の体は………」
未だに繋がったままの状態で、ティータがマルガリーテに話し掛けてきた。マルガリーテは呆けていた
表情をキッと引き締めた後、ニィッと不敵に笑った。


「…凄いです。体の中からどんどん邪悪な力が湧きあがってくるのがわかるんです。自分でも抑え切れないぐらいに…
これなら……、いくらでも人間を殺すことが出来ます。本当に、凄いです……」
この体なら、自分の心に刻み込まれた殺人衝動をいくらでも埋めることが出来る。この礼拝堂に横たわる
傷ついた人間たちなど、数分もあれば全部ミンチに変えることが出来るだろう。
「あはは……」
マルガリーテは自らに埋められているティータの尻尾を引き抜き、長く伸びた爪をかちかちと鳴らしながら
足元にいる患者の喉元めがけて喰らいつこうと口をぱかりと開いた。
(喉笛を噛み千切って熱い血のシャワーを全身に浴び、体を清めてから礼拝堂の人間どもを根絶やしにしよう)
涎滴る口元に光る牙を下に転がる人間目掛け打ち込もうとしたその時、それを静止する声があった。
「おやめなさい。マルガリーテ」
マルガリーテを止めたのは、意外にもティータだった。マルガリーテは不満げに眉を顰め、ティータに怒鳴り散らした。
「なぜですマザー!!私、人間を殺したくて殺したくてしょうがないんです!それはマザーも知っているじゃないですか!」
よほど悔しかったのか、マルガリーテは上下の犬歯をギリギリと軋ませ、憎悪の炎を金色の瞳に宿している。
「理由を言ってください!ちゃんと答えてくれなかったら、私ここの人間を今すぐに皆殺しにします!」
「こんなぼろぼろの人間を殺すことなど、いつでもできます。それよりもこれらを有効に使う手段を考えないといけません」
ティータには、何か思惑があるみたいだった。
「私は、他の地域に散らばる聖女たちを皇魔に堕とす責務があるためすぐにこの場を去らなければなりません。そこで…」
ティータはマルガリーテの耳もとで何事かを呟く。それを耳にしたマルガリーテは全てを聞き届けた後、
不満げな表情を浮かべながらも仕方なくこっくりと頷いた。
「よいですね。この地域であなたを最初に皇魔としたのは、あなたの類稀なる魔力を持ってすれば他の
聖女を労せずして皇魔と為す事が出来ると思ってのこと。では、期待していますよ………」
そこまで言ってから、ティータはフッとその姿を消してしまった。残されたのは、皇魔の尖兵となったマルガリーテただ一人。
「せっかくこんなに人間が無抵抗で転がっているのに手を出せないなんて…。ま、仕方が無いわね。マザー
の言うことは絶対だし。
さて、と…」
マルガリーテは自らを包めるほど巨大になった背中の翼から羽を一本引き抜いた。漆黒に濡れる羽に
漲るほどに溢れる魔力を注ぎ込むと、羽はたちまち形を変え一振りの剣になった。
元々自分の体に生えていたものだけあって、まるで自分の体の一部のように手に馴染む。黒い柄、黒い刀身、まさに皇魔の武器に相応しい。
「うん、なかなかいい出来………」
マルガリーテは自らの分身でもある剣の出来栄えにうっとりとした視線を向けていた。
これで人間を斬ったらどんな感触がするんだろうか。そんな妄想が一瞬頭をよぎる。
本当は今すぐ試してみたい。足元に転がる人間どもを滅多斬りにして恍惚に浸りたい。
だが、それは後のお楽しみにしなければならない。それが自分に任せたティータの意思であり、主たる皇帝陛下の意思なのだから。
「明日全員を集めて、それから……。クフフ………」
含み笑いを浮かべた後、マルガリーテは再び自分の羽を引き抜いた。


翌朝、朝の礼拝に集まった聖女達は自らの前に置かれたものに唖然としていた。
「シ、聖女マルガリーテ、これは……」
彼女達の前にあるもの。それは剣やら斧やら槍など、およそ自分たちには似つかわしい物騒な得物だった。
しかも、それらはいずれも黒く不気味に輝き奇怪な装飾を施され、禍々しいオーラを沸々と放っている。
それらの得物を前に、マルガリーテはいつもとなんら変わらない態度で微笑みながら立っている。
「みなさん、今日は重大な知らせがあります」
全員が集まったのを確認してから、マルガリーテは口を開いた。この得体の知れない武器について何らかの
説明があるのだろうと聖女達は全員マルガリーテの言葉に傾注しようとした。
が、マルガリーテの口から出てきたものは全員が予想だにしないものだった。
「それでは、まずは私の目を見てください」
「「「?」」」
聖女達はマルガリーテが何をしようとしているのか理解できず、とりあえず言われたとおりマルガリーテの瞳に目を向けた。
その瞬間、マルガリーテの瞳が金色に光り、邪悪な光線が集まっていた聖女全員の脳を貫いた。
「「「あっ……」」」
マルガリーテの魔光に侵された聖女達はたちまち目の光をどんより失い、その場に呆然と立ち尽くしてしまった。
「全員、私の目を見ましたね。これであなた達は私の言うことに逆らえなくなりました。そうですね」
マルガリーテの言葉に、全員が一斉にこっくりと頷く。
「フフフ…」
その様を見て、マルガリーテは背中に畳まれた羽を開いた。ありえないほどに大きく広がった羽は鮮やかな
赤から光も通さない闇色に変化し、マルガリーテの体を包み込んでいく。
そして羽が開かれたとき、そこには皇魔の本性を表したマルガリーテが立っていた。
「みなさん、私たちは今日から、新しい神のもとに生きることになります。以前の偽りの神は人間に慈愛を
持って接することを尊びましたが、新しい神は人間に安らぎを与えることを欲しております。
さあ、前に並んでいる好きな得物を取りなさい」
聖女達はふらふらと前に出てきて、床に転がっている得物を銘々が手に握る。そのどれもが女性が持つには
少々大きすぎる代物だったが、重さを感じないのか聖女達はお構いなしにそれらを持って立ち上がった。
「それらは皇魔の魔力がふんだんに込められた特別製。それを振るって人間を殺し続ければ、お前たちを
人間から素晴らしい存在へと生まれ変わらせてくれるわ。
さあ、それを用いて、人間どもに安らぎと言う名の死を与えるのよ。この町の人間全てを、私たちの皇帝陛下に捧げるのよ!」
マルガリーテの体から魔力が黒い光となって溢れ、聖女達が持つマルガリーテの分身である武器に注がれる。
すると、聖女の持つ武器の柄、竿から黒い触手がうねうねと伸び、聖女達の手に刺さり絡まりついていく。
その瞬間、聖女達の眼が一瞬だが暗い金色に輝いた。
「殺す…。人間を、殺す……」
「ふふふ…。切り刻んで…、切り刻んでやるわ…」
「人間に、安らぎと言う名の死を……死を……」
皇魔の力に彩られ始めた聖女達は、自らに言い聞かせるかのように言葉を紡ぐと、獲物を求めて部屋を出て行き
暫くしてから礼拝堂の方で嬌声と悲鳴が同時に放たれた。聖女達による殺戮の宴が開かれたのだろう。
「さて…、私もそろそろ狩りに行きましょう。この町に助けがくる前に、人間どもを皆殺しにしないといけないし、ね。ウフフフ…」
マルガリーテは漆黒の剣を、ぬらぬらと濡れ光る舌でぺろりと舐め上げた。

その日、一つの町が皇魔の襲撃により滅ぼされた。
ただ、不思議なことに町を守る強固な防壁は一ヶ所も破られてはいなく、まるで町の中に皇魔が現れ
住民を殺戮したような様相だった。
が、横の連絡が遮断されている現状では詳しい事が知らされることはなく、この町も単にひとつの町が
また滅ぼされたと言う認識でしか周囲には捉えられていなかった。