ナイツとスライムと


グールの塔。
人の姿をしながら、もはや人ではない、忌まわしき生きた屍が多数棲み付く場所。
無数のグールに加え、不気味な化物と奇妙な仕掛けに満ちたその塔は、同時に古代の秘宝が眠る遺跡でもある。
高名なディガー(発掘者)ウィル・ナイツの孫娘ヴァージニア・ナイツとその一行も、その財宝を求めてこの塔に来ていたはずだった。
だが……
「うわあああーっ!」

「いたた…も〜、何なの今のは。…あれ?」
ヴァージニア、通称ジニーはたった1人、塔の中層に放り出されていた。
先ほどまで仲間達と一緒に上層部を探索していたはずだが、彼らの姿はない。
どうやら何かの仕掛けにひっかかり、仲間と離れ離れになってワープさせられたようだ。
「おじいちゃん!ロベルト、グスタフ!プルミエール、ミーティア、どこ?」
仲間の名前を呼んでも、近くから返ってくる声はない。聞こえてくるのはグールたちのうつろな独り言だけだ。
これ以上大きな声を出してしまうと、彼ら死人を呼び寄せてしまう恐れがある。
このまま仲間を見捨てるわけにはいかない。
グールだけならさほど危険ではないが、上層にはどんな化物がいるか分からない。
「まずは上に残ってる人から探さないと!」
弱冠15歳の少女ではあるが、世界一のディガーであるウィルの孫だけあって能力は高い。
うかつに近寄らない限りグールは襲ってこないこともあり、彼女は快調に上へ上へと登っていった。
そしてもうすぐ上層へ着くという時である。
階段の脇にひっそりと取り付けられた細いハシゴが、ジニーの眼に留まった。
皆で登っていた時には後回しにしていた道だが、もしかするとこの上に仲間がいるかもしれない。
彼女は身軽に飛びつくと、すいすいとハシゴを登っていった。

「なーんだ、誰もいないわ…」
登りきった先は小部屋になっており、そこには誰の姿もない。
ただ、部屋の奥に装飾の施された小さな袋が安置されている。
「何かの宝かな?」
近づいて袋をまさぐってみるジニー。
しかし、そこには価値のほとんどない宝石が入っているだけ。
あまりに不自然だ。何かの仕掛けがあるかもしれない。周囲を見渡したその時。
「!!」
ジニーの背後に、ぼとりと湿った音を立てて何かが落ちてきた。
赤いコアを緑のゼリー状物質で覆った、巨大な球状の物体が揺れている。スライムだ。
驚きはしたが、すでに場数を踏んでいる彼女は動転せずすぐ行動を起こした。
「ファイアーストーム!!」
炎の術が緑のゼリーを包む。炎に弱い並のスライムはこの一撃で蒸発してしまう。
そう、並のスライムであれば。

大きなダメージを受けてぶるぶると震えてはいるが、緑色の化物は消滅してはいなかった。
焦げ臭い空気を裂いて、緑色のねばつく糸が無数に飛んできた。
やっつけたと思い込んでいたジニーにはかわす暇もなかった。
ネット状に固形化したスライムの体液「スライムネット」がジニーの手足に絡みつく。
「ええっ!?なんでファイアーストームでやっつけられないのぉ!」
叫びながらジニーは自らの不注意を悔いていた。この塔であれば、強化された魔物がいてもおかしくない。
しかし今更遅い。身動きを制限された今の状態では武器を振るうことも、術を使うこともできない。
そして敵は、ある部分は高熱にどろどろと溶け、ある部分は沸騰したかのように泡立ちながらも、ずるずると動き出した。
「いやー!こんな気持ち悪い奴にドロッドロのぐっちゃぐちゃにされるのやだー!青春楽しまずに死にたくないわー!」
必死にもがきながら叫ぶジニーに、スライムは這い寄ってくる。ジニーを溶かし、養分として吸収するために。
本気でまずいかも?ジニーがそう覚悟したとき。

「召雷っ!」
女性の声と共に、魔力の雷がスライムを打ち抜く。
すでに炎で弱っていたスライムは、その一撃によってボディを維持しきれなくなり、じゅわじゅわと蒸発し始めた。
同時にジニーを拘束していたスライムネットも、ただの水となって床にこぼれ落ちる。
「大丈夫だった?可愛いお嬢さん」
「う、うん!ありがとう」
酸性の異臭が立ち込める中、ジニーは自分の恩人である女性にぺこりと頭を下げた。
20代半ばと思しき、スタイル抜群のブロンドの美女。
身こなしに隙のない冒険者らしいが、戦士とは思えない体つきから、術の専門家であることが伺える。
「私はエレノア。術を専門に使うディガーよ。
ここのスライムは外のやつとは違う、強靭な生命力と多彩な攻撃手段を持ってるわ。
気を抜くとやつらの栄養分にされてしまうわよ」
「ごめんなさい。あ〜あ、おじいちゃんと一緒に冒険して慣れたつもりだったけど…甘かったかあ」
何気ないジニーの一言に、エレノアと名乗った術士はぴくりと反応を示した。
「おじいちゃん?あなたのおじい様、ディガーなの?」
「そうよ。あたしはヴァージニア、通称ジニー。ウィル・ナイツの孫よ、すごいでしょ!」
「…ってことは、あなたリッチの…リチャード・ナイツの娘さん?」
エレノアの口から出てきた名前に、今度はジニーが激しく反応した。
「パパを…パパを知ってるの!?教えて!」
エレノアに近づこうと足を前に出そうとして、ジニーは自分の足に何かが絡み付いていることに気づいた。
緑色の、粘りつく液体。しかも糸どころではなく、足元に水溜りができている。
「え…」
「人間が噂する『ナイツ』なら…ただでここから出すわけにはいかないわ」
にこりと笑うエレノア。その瞳が、赤くギラリと光った。
いつの間に現れたのか、その足元にはスライムが…そしてその体液の水溜りがあった。
「パパのこと知ってるふりしてだましたのね!この変態!バケモノ女ーっ!」
ジニーは怒りと共に杖を突き出した。エレノアがもし本当に人間だったなら殺したくはなかったのだ。
足を封じられて踏み込めないとはいえ、魔力を込めた杖なら十分に相手を麻痺させることができる。
杖の鋭い突きはエレノアの体に当たり、彼女を後ろに吹き飛ばす。そのはずだった。
だが杖の先端は彼女の体にぐにゃりと刺さると、そのまま動かなくなったのだ。
「ええっ…?」
エレノアは何の痛みを感じる風でもなく、にこりと妖艶に笑う。
杖はその体から音もなくこぼれ落ちた。
「リッチのこと知ってるのは本当よ。一緒に何度も冒険したもの。
でも、今の私の体はあの時とぜんぜん違うわ。杖の打撃なんか全然効かない。
この私の体…スライムだもの」
意味不明な発言に、ジニーは面食らった。
「うそ!だってどう見ても人間じゃない」
年下の少女をあやすように、エレノアは笑った。
「ここのスライムの多彩な技のひとつに『同化』って技があるの知ってる?」
「同…化?」
「名前の通り、異生物とひとつになっちゃう技よ。
同化された生物は生命力が大幅に強化される。その代わり…心もスライムに取り込まれるの。
自分はスライムの仲間、ちょっと違うボディを持つスライムだと思い込み、二度と戻れなくなる。
そしていずれは肉も骨も脳も完全に溶け、スライムそのものになっちゃうのよ」

まさか。怯えるジニーに、エレノアは優しく笑いかけた。
「ああ、誤解しないでくれるかしら?私は知性のないこいつらとは違うのよ。
20年近く前、私が人間の肉体で35歳くらいだった頃かしら。
ここを探索してる時に一匹のスライムに『同化』されちゃったの。
もちろん頭はすぐに取り込まれちゃったけど…いいアイディアが浮かんだの。
こいつを利用すれば、永遠に美貌を保てるんじゃないか、永遠に術研究をできるんじゃないかって。
完全に体を溶かされる前に全魔力を使って…こうして、一番キレイな頃のカラダを保てるようになったの。
それだけじゃない、人間に擬態することも、本当のスライムに戻ることも自由自在よ。
でもね…仲間がいないと寂しいじゃない?かといって他にいるのは頭がスライム並のグールだけだし」
そこまで聞いて、ジニーは小刻みに震え出した。彼女の考えが読めたのだ。
「賢い子ね。昔リッチと冒険したとき、その才能に驚いたけど…その娘さんだけあってすごい術の才を感じるわ。
あなたなら、私の最高の片腕になってくれそうよ」
いつの間にかスライムの粘液が足から這い登り、ジニーの自由を完全に奪っている。
逃げることの出来ない彼女に、エレノアは色っぽく微笑みながら近づいた。
「い、イヤー!来ないでよ!スライムなんかなりたくないってば!」
「もう…若いあなたには分からないのね。若さと美貌を永遠に保てる素晴らしさ、己の体を思うがままに操れる楽しみが。
でも大丈夫。私がすこーし体に教えてあげれば、すぐに受け入れる気分になるわ」
そう言いながらエレノアは、肩の出たジニーの上着の隙間と、ズボンの中に指を差し込んだ。
ジニーの肌に、エレノアの肌と爪の感触が伝わったが、続いてすぐに生暖かい液体の感触が走る。
それは消えることなく、意思あるかのようにジニーの服の中でうごめき始めた。
「やっ…あっ、うっ、何、これっ…!」
「スライムの一部分を爪から送り込んであげたのよ。楽しませてあげる…」
胸元に、足に、腹部に、そして……体中に、未知の刺激が送られる。
服の中だけではない。彼女を縛るスライムネットも揺れ動き、服の上から体を弄ぶ。
「はあ…はうぅ…ぅはぁっん…」
ジニーの息遣いが荒くなり、頬と肌が紅潮する。
(や、やだ…気持ちが…ああ…)
もはや緊張を保つのは不可能だった。心地よさに精神が緩み、体がぐったりし、口が開く。
そのジニーの目の前に、エレノアの整った顔が、不自然に輝く赤い瞳が迫った。
半開きの唇に、優しく噛みつき、舌でぺろりと舐める。
緑色の唾液がジニーの口に入り、舌の上に乗った。中毒性の危険な味が口いっぱいに広がる。
「あぁ…甘ぁい…」
それは禁断の甘味だった。正気ならすぐに吐き出しただろう。だが、快感に酔うジニーの体はそれを欲してしまった。
舌を突き出し、子犬のように激しく息をしながら、ジニーは潤んだ瞳でエレノアを見つめた。
「もっと…はぁん…もっとぉ」
「ふふ、素敵でしょう?この感じがずっと味わえるのよ?スライムになっちゃうけど…ね」
「スライム…なっちゃ…う?」
ジニーがわずかに口に含んだスライムエキス、そして肉体の表面を覆うスライムボディは、思考力をてきめんに奪っていた。
もうアタマとココロは溶けた気分だ。この上、カラダくらい溶けてもどうってことない。
「スライム…なっちゃう…エレノア…はやくぅ…」
「フフフ…わかったわ…」
エレノアは愛しげにジニーを抱きしめた。その上からスライムの粘液がふたりを包む。
舌が絡む。口の中に甘い液体が満ち溢れる。
そして足が、腰が、胸が…次第に緑色に透き通っていく。
それでもジニーは無我夢中で、エレノアから送られるエキスを吸い続けた。
今やエレノアとジニーはほぼ同じ生物だった。声などなくても互いの思考が読み取れる。
(さあ、ジニー…最後の仕上げ。私のコアの一部を受け取って)
(うん…エレノアぁ…ちょうだい)
スライムのボディより硬い、しかし弾力性を持った赤いスライムコアがエレノアの口からジニーの口に入る。
同時にスライムの粘液が、頭までジニーを覆い尽くした。
コアが頭に納まったのか、それとも胸部か、もはやジニーには分からなくなった。
脳髄から足先に至るまで、あらゆる細胞にスライムが浸透し、彼女の体を作り変える快感。それだけが感じられた。

「ジニー…さあ、ジニー。新しい物質で構成されたボディの感覚はどう?」
「んん…あ…あはあ♪」
エレノアの声に、透明化していたジニーの体がたちまち人間の姿へ戻っていく。
ただしその体は以前よりも発育を遂げ、服も体に合わせて色気を出す構造に変化している。
幼さを残しつつも妖しさを加えた顔立ち、緑色の唇、赤く光る瞳には人ならざる魅力が宿っている。
緑色の爪は一見マニキュアに見えなくもないが、見る者が見ればスライムの毒によるものだと分かるだろう。
「さ・い・こ・う…最高ね。人間の体とスライムのボディがこんなに馴染むなんて思ってなかった。
年もスタイルも思いのままにコントロールできるし、仲間も自由に増やせるし…たまらないわっ。
私にエキスを注いでくれてありがとう。私はエレノアの分身で、妹で、仲間で、奴隷よ」
「フフフ…嬉しいわ、ジニー。じゃあ、私のことはお姉様と呼んでも構わないわよ」
「本当…?やったあ…大好きよ、お姉様」
うっとりと語るジニーに、ウィル・ナイツの孫としての誇りは残っていないのか。
「ね、ジニー。あなたのおじい様はどうするの」
「おじい…さま…?誰…?」
一瞬ぼんやりとした顔で考えたジニーだが、すぐに思い当たったらしい。
「ああ、ウィル・ナイツのことね…。さすがにあの年じゃ栄養にもならないわ。それよりね、お姉様…」
そこまで言ってジニーは話すのを止めた。
ハシゴの下に人間の気配を感じたのだ。登ってくる。ジニーは素早くボディを15歳程度に擬態した。
ほどなく顔を出したのは、ジニーが「人間」だった頃仲間だった女性、プルミエールだった。
「無事だったのね、ジニー。まったく心配させてくれるわ。
この私だから塔でも無事でいられるけれど、あなたのような子が1人でいちゃ危ないでしょう」
20歳になったばかりの瑞々しい肉体。戦い慣れた鋭い生気。整った美貌。
どれもジニー・ナイツ…いや、ヴァージニアという名前のスライムにとっては美味しそうな素材ばかり。
ましてや仲間を増やす楽しさを味わい、お姉さんぶるプルミエールを「支配」することができるのだ。
「…あら?そちらの方はどなた?」
エレノアに一瞬プルミエールの注意が向いた。
その瞬間、ジニーはプルミエールに飛びつき、抱きしめ、接吻した……