無邪気なるアサシンへ



エスタミル貧民街に母と住まう少女・ファラ。
所用で古都タルミッタを訪れ、あとは家へ帰るだけ。
「あーあ、もう帰らないといけないのね…あたしもジャミルみたいに冒険したいなー」
今は世界中を旅して回っている幼馴染をうらやましく思いながら、彼女は街の門を出ようとした。
「へへ、お嬢ちゃん…ちょっと俺に付き合ってくれよ」
人相の悪い男が声をかけてきた。その顔には見覚えがある。
「あんた…人さらい!」
「覚えててくれたかい。一度は商売つぶされちまったが、あんたみたいな上玉を欲しがるところは多くてね。さあ、来てもらおうかい」
「い、嫌っ!」
「心配すんな、価値が落ちるから手はつけやしねえよ。大人しくしろってんだ!」
湿った布がファラの口と鼻の上に押し当てられる。
「…!!」
強烈な薬品の香り。ほどなくファラは意識を失った。

タルミッタの西方に人知れずたたずむ奇妙な遺跡。その中へ、男はファラを運び込んだ。
「さて、ここで取引って話だったはずだが…うわっ!」
「ほう…なかなかの上物を拾ったな」
いつの間にか、赤いマントとフードをまとった奇妙な男が奴隷商人の後ろに立っていた。
「どうだい、なかなかのもんだろ?さあ、取引といこ…ぐはっ!?」
「取引…?何様のつもりかな」
目を見張り、そのまま動かない商人。その体を、黒い魔力の刃が何本も貫いている。
「な、なにをする…き…さまあっ…」
「人間に対する私の信条はひとつ…『殺してでも奪い取る』それだけだ」
息絶えて倒れる商人を一顧だにせず、男はファラに近づいた。
「サルーイン様の邪魔をする小僧の知り合いか…使えるぞ」

「う、ううん…」
目を覚ましたファラは、自分が輝く花畑にいることに気がついた。
だが、薬による嫌な眠りから目覚める感覚とは違う。これ以上ないくらいに清清しい気分だ。
「あ、あれ?あたし確か、タルミッタにいたはずじゃ…」
「そうよ。でも、私達が助け出したの」
驚いてファラは起き上がった。美しい女性達が彼女の周囲に立ち、優しげな瞳で見つめている。
「ここは…どこ?」
「タルミッタの西にあるアサシンギルドよ」
「アサシン…?」
ファラが裏の歴史に通じていたなら、エスタミルの闇世界を牛耳っていた組織の名に怯えていたかもしれない。
金さえ受け取れば誰でも暗殺し、邪神に味方することもある暗殺集団。
しかし彼女にとってはアサシンとはいえ、自分を助けてくれた強くて親切な人達である。
「アサシンって人殺しのことよね?」
「ええ。でもね…私達は世界をキレイにするために戦ってるのよ。奴隷商人や欲深い王様のいないような、ね」
その凛とした物言いに、ファラの恐怖は晴れた。
「そうなの?ごめんね、ひどい言い方しちゃって…。
でもきれいなお姉さん達なのに、奴隷商人をやっつけるくらい強いんだね。
いいなー。あたしももっと強ければ、ジャミルみたいに旅して、悪い奴をやっつけるのに…」
リーダー格の女性が、ぽんと彼女の肩に手を置いた。
「できるわ、あなたなら」
「本当!?でもあたしぜんぜん強くないし、武器を使ったことだって…」
「私達だって最初は強くなかったわ。でもね、力をくれる方がいるの」
「じゃあ、お願い!あたしも強くして。悪い奴を倒せるくらいに」
「ええ。じゃあ、いらっしゃい…」

花園の中を、アサシンとファラは歩き出した。
心地よい風が吹き、花が舞い、甘い香りがファラの鼻腔をくすぐる。
「ここは楽園よ。アサシンの世界は、楽園なの」
「らくえん…アサシンの世界は楽園…」
「悪い人達がいなくなれば、人間の世界も楽園に近づいていくわ」
「悪い、ひとたちが…いなく…らくえん…」
「でもね…人間がいる限り、完全な楽園にはならない」
「人間が…いるかぎり…らくえん…ならない…?」
甘い香りのせいだろうか。あまりにも心地よすぎる空気のせいだろうか。
ファラの意識が朦朧となり、思考力が失われていく。
そのぼやけた脳に、アサシンの言葉は抵抗なく入り込んでいく。
「世界を完全にキレイにするには…人間を、みんな排除しなくちゃ」
「にんげんを…みんな…はいじょ…」
「あなたは強くなれるわ。この世界をキレイにするために」
「きれいに…するために…」
「ほら、素敵な方がいらっしゃったわ…力をくれる方…誰よりも素晴らしい方…」
赤いマントとフードをまとい、邪気をほとばしらせる邪神の使徒―ミニオン。
正常な判断力を持つ人間なら間違いなく恐怖を感じ、逃げようとするだろう。
だがアサシンの言葉を受け入れたファラの瞳には、ミニオンがこの上なく魅力的に映った。
そのほとばしる力を、自分にくれるというのだから。
「お前の名は何と言う?」
「…ファラ…です」
「ファラか。お前は強くなりたいのだな。何ゆえにだ?」
「あたし…は…わるい、にんげんを、排除し…世界を、キレイにしたいです…」
「良かろう。だがそのままでは、アサシンギルドに入れるわけにはいかん」
「なにを…すればいいのですか」
ミニオンの代わりに、アサシンの女性がすっとファラの前に立った。
「あなたの生命力は人間のもの。一度抜き出してキレイにならないといけないわ」
「せいめい…りょく…?」
「お前の元気を我々に捧げるのだ。さすれば新たな力を授けてやる。人間など及びもつかない力をな」
人間など及びもつかない力。それを聞いて、ファラはうっとりした目で、しかしはっきりとうなずいた。
にいっ、とアサシンの女性が笑い、ファラの唇に自分の唇を重ねた。
「んむ…っ」
ファラがびくっと体を震わせ、大きく目を見開いた。しかしほどなくその瞳は閉じ、心地よさそうにアサシンにされるがままになる。
その健康的な肌から血の気が引いていくが、それと裏腹にファラはもたれかかるようにしてアサシンを求める
力が、抜ける。動けない。力だけじゃない、記憶も抜け落ちていく。でも気持ちいい。
もっと。もっと、力を、心を奪ってほしい。


「ふふ…おいしい生命力だったわ」
やがて…アサシンは満足そうにファラの唇から離れた。
「は…はああっ…しあわせ…」
ファラも満足げにつぶやくと、そのまま倒れた。
そして何より満足そうに、ミニオンは笑っていた。
「では、最後に『力』をくれてやろう…アニメート!」
力尽きた者に無限の生命力を注ぐ魔法。
ただしその身は魔力に繋がれ、術者に命じられるがまま動く下僕と化す邪法である。
目に見えない暗黒の糸がしゅるしゅるとファラの身に絡まり、入り込んでいく。
「う…ああ…?」
力と心を吸われ、余韻に浸っていたファラの身体に何かが注がれる。
熱い接吻の後、驚くほど冷えた肉体に、先ほどとは全く違う熱い「何か」が。
「ああ…体に、力が…みなぎる…」
「そうだ。それはサルーイン様の力」
「サルーイン…さま…」
どくん、どくんと注がれる闇の魔力に合わせ、ファラの体が揺れる。
「私達アサシンのご主人様。この世をキレイにしてくださる神様よ」
「さあ、ファラ。お前もサルーイン様の下僕として蘇るのだ」
暗黒の霧が、倒れたままのファラを包む。
それが晴れると、ゆっくりと彼女は立ち上がった。
血の気の抜けた肌には妖しい美しさが宿り、指の爪は鋭く伸びている。
幼い顔立ちや服装もアサシンらしく、妖艶に変化し、細いその身を色っぽく引き立てる。
両手に持った鋭い小太刀からは、慈悲という言葉を一切感じることが出来ない。
「さあ、ファラよ。お前の望むとおり、強くしてやったぞ。どんな気分だ?」
ミニオンの言葉に、ファラは無邪気に微笑んで答える。
「はい、ミニオン様。あたし…強くなりました。最高の気分です…!」
今度はアサシンが聞く。
「じゃあ、あなたは誰?その力で何をするの?」
にこりと笑ってファラは答える。
「あたしはアサシン。サルーイン様とミニオン様の下僕です。
この力で人間を全て排除し…この世をキレイにします」


数日後、ファラは自宅へ戻った。
「ただいま、お母さん」
「遅かったじゃないかい。さっきジャミルが来てたけど、また後で来るって帰っちまったよ」
「え?ジャミルって、あの盗賊の?」
「他に誰がいるんだい、変な子だねえ。じゃ、あたしはちょっと出かけてくるよ」
母親が出て行くと、ファラは明るく…しかし暗い笑みを浮かべた。
「ジャミルはサルーイン様の敵。殺さなきゃ。強くなったあたしの力を見せてあげよっと…」

END