堕天の冥星


冒険王ビィトグリニデ閣下編より「堕天の冥星」

「う・・・うん・・・ここは・・・」
澱んだ空気の中でポアラは目覚めた。
目に入ってきたのは、酷く寒々とした光景。何の飾り気も無い牢獄。
そこに自分は捕われていた。手も、足も頑丈な蔦に絡め取られ、身動き一つ取れない。
「そっか、私グリニデに・・・」
自分の状況を理解する。
ポアラはグリニデの手によって捕われの身になっていたのだった。
ここはどうやらグリニデの居城らしい。まだ自分が生かされているところを見ると、自分はビィトをおびき出すための人質にでもされるのだろうか?
状況は極めて絶望的だ。でも、生きてる限りチャンスはある。どうにかしてビィトたちと合流さえできれば・・・。
そんな算段を練っていた時だった。
カツ、カツ、カツ・・・。石畳の廊下に足音が響く。
「お目覚めかね、バスターの少女・・・ポアラ君と言ったかな?」
勝ち誇った笑みを浮かべて、グリニデが姿をあらわした。傍らには団子虫のような魔物、ダンゴールが控えている。
見上げるほどの巨躯を持ったヴァンデルを前にしても、ポアラの闘志は些かも衰えなかった。
「あら、ヴァンデルにも名前を覚えるぐらいの知性はあるみたいね?」
ポアラの挑発を聞いた途端、ダンゴールの顔から血の気が引いていく。
実はグリニデは「深緑の知将」と自分で名乗っているものの、その本性は獰猛、残忍、もっとも魔人らしい魔人と評されている。
「血塗られた獣」―それがグリニデの本来の姿。一度火がつけば、三日三晩暴れつづけ、目に付いたもの全てを破壊してしまう。
ここでそんなことが起きてしまえば・・・。主人の怒りに火がつく前に何とかしようと、ダンゴールが一歩前に進み出る。
「グリニデ様になんて口をきくんだ、このニンゲンめ!折角グリニデ様のご好意で生かしてやってるものを!!」
早口でまくし立てる部下を、グリニデはやんわりと手で制した。
「よい、ダンゴールよ。小鳥のさえずりだと思えば、なんとも心地よいものさ。」
落ち着き払ったグリニデの様子を見て、ダンゴールは心底ほっとした表情になる。
「流石はグリニデ様!ニンゲンごときの安い挑発に乗ってしまった自分が恥ずかしゅうございます!」
ダンゴールが一歩下がり、再びグリニデとポアラが牢屋越しに向き合う形になった。
「・・・で?私をこうやって生かしておいて何をしようっていうわけ?言っておくけど、人質なんて安い手、ビィトには通用しないわよ。」
全身から怒りをあらわにしたポアラの態度を見て、グリニデの顔が邪悪に歪む。
「・・・エクセレント!そうでなくては面白くない。」
「・・・?」
「ダンゴールよ、『アレ』を出せ。」
グリニデが目配せすると同時にダンゴールが恭しく黒い小箱を差し出す。
「こちらに用意しております」
満足そうな顔をしてグリニデは小箱を受け取る。
「さて、ポアラ君。これが何かわかるかね?」
ゆっくりと箱が開かれた。中に入っていたのは・・・

「・・・黒真珠?」
黒光りする、ビー球ほどの球体が中に納められていた。見た目は確かに大き目の真珠のようなのだが、ポアラの目には酷くそれが禍々しく映る。
「ハッハッハッ!真珠か、これは面白い!」
「何がおかしいのよ!」
馬鹿にした笑いに、益々ポアラの怒りは高まっていく。
「ではヒントをやろう。私の左腕をよく見るがいい。」
ぐっ、と左手が突き出される、そこにはヴァンデルが生まれつき一つは持っている、魔人としての証「星」が埋め込まれていた。
これはそのヴァンデルがどれほどの実力者であるか示すバロメーターにもなっている。
世の中に力を示せば示すほど、星の数は増えていくのだ。グリニデの場合は七つ・・・現状のヴァンデルの中では最高位になる。
「星がどうしたのよ?」
「まだわからないか?それでは先ほどの黒真珠とやらと私の星をよく見比べてみるがいい。」
「・・・?あっ!」
小箱の中の球体と、グリニデの星は色合いこそ違えど全く同じサイズだったのだ。
「何なのよ、これ・・・!」
不安げな表情のポアラを見て、グリニデは満足そうに頷いた。
「キッス君が非常によくやってくれたよ・・・」
遠い目をしながら、昔話でもするような口調で語りだす。
「私はね、常々思っていたんだよ。魔物は金さえあれば魔賓館から無尽蔵に手に入れることができる。
だが、ヴァンデルはどうだ?死んでしまえばそこで終わり。安定した補給を行うことも出来ない。」
静かだったグリニデの双眸がだんだんと狂気に満ちていく。
「そう思い始めたときだったのさ。キッス君がこの古文書を発見してくれたのは!」
懐から一冊の古びた本を取り出し、芝居がかった仕草で叫ぶ。
「解読作業を続けていくうちに私は喜びに震えたね!これには遥か昔に行われた様々な禁術の方法が書かれていたのだから!」
両手を広げ、古文書と小箱を天に掲げながら高笑いをあげる。
「この『堕天の冥星』はその禁術の一つ!」
嫌な予感がポアラの中を駆け巡る。
「効果は・・・人間をヴァンデルへと創り変える・・・!」
瞬間、ポアラの思考が止まる。人間を魔人に?何故そんなものが私の目の前に?何故グリニデはここまで笑っているの?
「フフフ・・・思わず熱くなってしまったよ・・・be cool・・・be cool・・・物事はスマートに進めなければ美しくないな・・・」
にやり、とグリニデの表情が狂気に歪む。
「これがあれば私は魔賓館以上の力を手にすることができる。・・・八輝星の地位を約束されたも同然!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!そんなもの私に見せてどうするつもり!?」
非常にまずい方向へ話が進んでいる。焦りと恐怖でポアラはどうにかなってしまいそうだった。
「キッス君で実験するのは失敗した時のことを考えると流石に忍びないのでね。君が栄えある人造魔人の実験体に選ばれたというわけさ。」
「何よ!それ!そんなこと本当にできるわけが!」
叫ぶポアラを尻目に、周りでは着々と準備がすすめられていく。
ダンゴールが牢の鍵を開け、グリニデを中に迎え入れる。
何とかして逃れようとするものの、両腕両足ががっちりと蔦に絡め取られているため、身動き一つも取れない。
恐怖でがちがちと歯の根が鳴る。一歩、また一歩とグリニデがこちらに近づく。
ポアラが恐怖に固まる様を楽しんでいるのか、歩みは酷くゆっくりだった。
「こないで!お願いだから」
カツン、カツン・・・
「ビィト・・・!!」
カツン、カツン・・・
「嫌ぁー!!」


ポアラの叫びも虚しく、とうとうグリニデがポアラの傍に立った。
「ククク・・・歴史を変えるスイッチを自分で押せる喜び・・・これこそまさに理知的な喜びだ!」
ポアラの左手を取り、見せつけるように堕天の冥星をポアラの眼前に掲げる。
「やめて!お願いだから止めてよ!ヴァンデルなんかになりたくない!」
泣きじゃくりながらポアラは叫ぶ。
「なあに、古文書によれば痛みも何もない。待っているのはヴァンデルに生まれ変わった悦びだけだ。」
じりじりと焦らすように、ゆっくりとポアラの左手に堕天の冥星を近づけていく。
「人間でいさせて!ビィトと一緒にいられなくなっちゃう!」
「さあ!ヴァンデルの歴史に新たな1ページを刻める悦び、その身でしかと受け止めよ!!」
グッ!!
堕天の冥星がポアラの左腕に押し付けられる。まるでポアラの腕が求めているかのように、さしたる抵抗もなく堕天の冥星は腕の中に取り込まれていった。
「う・・・ああ・・・」
ヴァンデルのそれと同じになってしまった腕を見つめ、ポアラは絶望に顔を歪めた。
「ははは、どうかね?星を持った気分は?」
絶望に打ちひしがれたポアラを見下ろし、グリニデは高らかに笑う。
「外して・・・外してよ・・・」
そんなグリニデの笑い声も聞こえないのか、ポアラはうわ言のようにただひたすら呟きつづけた。
「流石にもう抵抗する気は無い様だな。・・・だが、まだ終わりではないぞ?」
ビクッ!
グリニデの言葉にポアラの身体が強張る。これ以上どんな悲惨な状況があるというのだろうか?既に星を与えられ、人間では無くなってしまった自分に・・・。
「そうだな・・・。よし、まずは拘束を解いてやろう。」
パチン、とグリニデが指を鳴らすと、今までポアラを縛り付けていた蔦が締め付けを解き、しゅるしゅると壁に吸い込まれていった。
どさっ。級に戒めを解かれ、受身も取れず前のめりに倒れこむ。
「・・・?」
「言い忘れていたがな、その星はまだ完全に根付いてはいない。今ならまだ解呪を行うなり、腕を切り落とすなりすれば君は人間のままでいられる。」
思いがけないグリニデの言葉に、ポアラの胸が軽くなる。
「それでだ。余興・・・ゲームをしようではないか。」
「ゲーム?」
いぶかしげなポアラの声にグリニデは目を細める。
「そうだ。ルールは至極単純だ。君が一発でも私に攻撃を与えられたらこの城から解放してやろう。ビィト君と合流するなり、好きにするがいい。」
罠だ。ここまで悪趣味なことを平気でするようなヴァンデルが、こんな条件を出してくるはずが無い。
何より失われた禁術を施した人間をこれほど簡単に解放するなんて。
頭ではそう理解していても、その提案を蹴るような余裕はポアラに残されていなかった。
「・・・本当ね?」
うつむいたままのポアラの問いにグリニデが答えようとした。その瞬間。
「ああああああああ!」
這いつくばった状態から、一気に地面を蹴り、グリニデの懐に飛び込む!
(この隙を逃したら、もうチャンスは無い!発動が一番早い火の天撃で・・・!?)
どくん。
ポアラの身体に「何か」が起きた。そう気づいた次の瞬間、ポアラは再び地面に倒れこんでいた。
「な・・・力が・・・入らない・・・?」
信じられない―ポアラの表情が凍りつく。
「く・・・くくく・・・ハァーハッハッハ!エクセレント!実にエクセレントだよポアラ君!」
パチパチパチ・・・グリニデの拍手が牢屋の中に鳴り響く。
「何が起こったのかわからない・・・そういった顔をしているね。実に素晴らしい表情だ!」
グリニデの嘲笑に、ポアラの頭が真っ白になる。
「堕天の冥星・・・実はそのままでは単なる装飾品以外の何物でもない。
その実態は天力を冥力に変換して宿主の身体を創り返るアイテムだ!」
「そんな・・・それじゃ・・・」
ポアラの呟きにグリニデは満足そうに笑う。
「頭の回転の速いものはやはりいい・・・。そうだ、君自身が魔人化への最後の引き金を引いたのさ!」
自分で自分にとどめを差してしまった―その事実は、ポアラの全ての感情を壊すのに十分なものだった。
「嫌・・・嫌・・・いやぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


「さあ、一回発動してしまったら後はどんどん冥力に変換していくだけだ。君の身体に眠っている全ての天力がヴァンデル化へのエネルギーになる。」
堕天の冥星が一層黒い輝きを増す。それはポアラを包み込み、冥力の嵐となって牢屋中を吹き荒れる。
「い、ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!あああああああああああああああ!!」
「ひ、ひぃぃぃぃ!グリニデ様ぁ!」
ダンゴールが慌ててグリニデの影に隠れる。
「怯えなくともよい、ダンゴールよ。我々の新しい仲間が誕生する記念すべき瞬間だ。笑顔で迎えてやろうではないか。」
しかし、なおも冥力の嵐は収まらない。それどころかますます勢いを増し、鉄格子が吹き飛ぶ。
「これは思わぬ掘り出し物を見つけたのかも知れんな・・・ここまでの才能を持っていたとは。このままバスターとして活動されていたら厄介だったかも知れんな。」
びゅうびゅうと吹き荒れる冥力。そのすさまじさはグリニデの怒轟烈波に等しいレベルにまであがろうとしていた。
「うああああああああああああああああああ!!」
ポアラの叫びが一際大きくなる。
「くくく・・・これはひょっとすると五つ・・・いや、六つ星クラスの素材だったかもしれん・・・。」
暴力的な冥力の嵐を受けながらも、グリニデの頬は緩んでいた。
自分の手で新たな魔人を作り出すという失われた秘法を現代に蘇らせ、そしてそれが成功する瞬間を目の当たりにしている。
その興奮が、彼の感情を支配していた。
「グああああああああああああああ!!」
今まで部屋の中を荒れ狂っていた冥力がポアラの身体に戻っていく。
彼女の身体を冥力が包み、創り変えていく。神、邪神をも畏れぬ邪法が、今、完成しようとしていた。
戦士として鍛錬を積んだ結果、同年代の女性より筋肉質になってしまっていた身体は、女性らしい丸みを帯び、ふっくらと。
武器の扱いになれたごつごつした手はほっそりと伸び、爪が真紅に染まり鋭利に尖る。
冥力が彼女の身体にまとわりつき、何物の攻撃をも寄せ付けぬ真紅のボンデージを形成する。同時に、耳にはドクロのピアスが埋め込まれ、鋭く伸びる。
「ぐぅっ・・・あはぁっ!」
めきめきと背中が割れ、蝙蝠のような一対の羽が飛び出し、腰からは細身の尻尾が突き出る。
「はーっ・・・はーっ・・・」
急激な身体の変化のため、酸素を求める彼女の口には、禍々しいほど伸びた犬歯が覗いていた。


「ビューティフル・・・まさかここまで素晴らしいとは!」
グリニデが感嘆のため息を漏らす。
「さあ・・・ポアラ君。生まれ変わった君の顔を見せておくれ。」
グリニデの言葉に反応し、俯いていた顔をあげる。
その瞳は、真紅に染まり、瞳孔は豹のように縦に長いものになっていた。
「ふふふ、はじめまして、とでも言えばよろしいのでしょうか?」
左腕に輝く『星』。
今までのポアラからは想像も出来ないくらい妖艶な雰囲気をまとった女性型ヴァンデルがそこにいた。
「ポアラ君・・・どうやら実験は成功のようだな。」
自分の肢体を掻き抱きながらポアラは答える。
「はい、グリニデ様・・・私ポアラは卑しい人間の身体を捨て、ヴァンデル・・・クリムゾン・カーミラのポアラとして生まれ変わりましたわ。」
「カーミラ・・・確か人間の読み物に出てくるヴァンデルだな。想像上のものだと思っていたが、まさかこの目で見ることになるとは。」
「自分でも何故カーミラになれたのかわかりませんけど。でも素敵です、この身体。とてもしっくりくるんです。」
小首をかしげながら、しなを作る。
今のポアラは、まさに少女の純粋さと娼婦の妖艶さを併せ持つ、男を惑わせる魔人であった。
「グリニデ様、一つお願いがあるんです。」
「何かね?私は今とても気分がいい・・・何でも聞いてやろう。」
その答えを聞いてポアラの顔が明るく輝く。
「ビィトの首を私めに狩らせてはいただけないでしょうか?」
「ほう・・・いいのかね?仲間だったんだろう?」
にやり、と笑いながらグリニデが意地の悪い質問をする。
「仲間だったからこそ、です。」
「ふむ?」
「大切な者だったからこそ、その血で喉を潤したいんです・・・ビィトは私の旦那様になるはずだった男ですもの、血を抜いた木偶にして一生可愛がってあげたいんです。」
狂気に染まった真紅の瞳を輝かせ、ポアラが邪悪に笑う。
「ハッハッハ!実に!実に素晴らしいヴァンデルだ!よかろう、存分に力をふるって来たまえ!」
「はい!行って参ります!」
優雅に一礼すると、すぐさまポアラは外へと向かった。
愛しい人をその手に掛ける為に。
「うふふ、ビィト・・・いつまでも一緒よ・・・」
暗黒の世紀、終わりは未だ見えない・・・。