DQVSS 功毒(くどく)


ここは、オラクルベリーの南に存在する名もない海辺の修道院。そこの二階の一室で、マリアは開いて
いた本を机の上に置き、窓の外に広がる夜の大海原を眺めていた。
「……………」
ここ数日の激動の記憶が、真っ黒な海を見ているなかで次々と再現される。


光の教団の信者として洗礼を受け、黙々と信仰を重ねていたこと
光の教団の教えに盲従していたが、それに対し少しづつ疑問を持ち始めたこと
些細なことから奴隷の身分に落ち、教団の果てしない暗部をのぞいてしまったこと
教団の幹部に虐待を受けていた自分を助けてくれたリュカとヘンリー
自分の身を心配してくれた兄が、リュカたちと共に教団の神殿から脱出させてくれたこと
大海原を彷徨った果てに、この修道院に流れ着いたこと
………


「私は、なんて無知で無力だったのでしょう…」
何の疑いもなく光の教団の教祖イブールの言葉を信じ、世界のためと思い信仰していた教えの実体が
人をまるで使い捨てのおもちゃのように扱って自分達の権威を創り上げようとする破廉恥なものだった
ことをその身で思い知らされた。
そのことを知っても、反抗する態度を見せることも出来ずただ周りの雰囲気に流されていた自分に対し
リュカとヘンリーは毅然とした態度で自分を助けてくれた。
自分は与えられたものをただ受け取り、その上しか進むことしか出来なかったが、あの二人は例え手元
に何もなくても、自分を信じて先の道を進むことのできる強さを持っている。
だから、あの二人がそれぞれ為すべき事のためにこの修道院を旅立つと言って来た時、自分は二人に
ついていく、と言う事が出来なかった。
教団というぬるま湯の中でぬくぬくと過ごして来た自分には、二人についていったとしても足手まとい
にしかならない。二人を助けるつもりなのにその二人の枷となってしまっては、一緒にいる意味がない。

ならば、せめて二人のために、いまだ教団に囚われている大勢の奴隷のために、自分を助けてくれた兄
のために祈り続けよう。
この俗世から離れた修道院で神に奉仕し、身に染み付いた今までの穢れた教義を洗い流し、真に人の
行く先を指し示す手助けをしようではないか。
「明日、リュカさんとヘンリーさんが修道院を出発する日…。今日のお勤めも、これくらいにしなくてはいけませんね」
奴隷の身分に落とされる前から続けている日課…、教典を黙読する作業を終えようと、マリアは机の上に
ある教典を閉じようとした。
「これで、今日のお勤めはおしま………」



待て。

何か違和感がある。
自分は、毎日の日課を終えただけ。ここ数年間、毎日欠かさず行ってきた日課を終わらせただけ。光の
教団にいたころから毎日欠かさず行ってきた日課を終わらせただけ…………

「!」

マリアは脳天を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。この修道院に来てからも毎日の習慣だから何の気
なしに行ってきたこと。それまでそれが当たり前のことだったから何の疑問ももっていなかったこと。

マリアの前に広がっていたもの。それは紛れもなくあの光の教団の教えが説かれている教典だった。

「ど、どうして……?!どうして私はこんなものを持っているの?!」
この修道院にあったものだろうか?いや、この表紙のくたびれ具合、ささくれた角は間違いなくマリアが
常に懐に忍ばせておいた教典だった。
だが、それも光の神殿を脱出するときに置いてきたはずだ。狭い樽の中に三人も入るのだから、余計な
荷物を持っていける余裕は全くなかったはず。
が、その瞬間マリアは思い出した。
自分が教典を神殿に置いてきた記憶が全くないことを。
いつも持っているのが当たり前だったからなのか、それを置いてくる。捨ててくるという発想が完全に
欠落していた。持っているのが当たり前。持っていないのが異常だということ。
「!……………」
そのことに気が付いたとき、マリアの体は小刻みに震え始めた。
自分は光の教団の教えを捨てた。なのに、その教えが説かれた教典を以前と変わらず実に持っていたこと。

いや、そんなことは些末な問題だった。それまでの習慣から教典を捨てることを忘れ、ついついここまで
持ってきてしまった。これなら普通にうっかりで済ませられる。
本当の問題は、その教典を以前と変わらず読みつつけ、それを当たり前と信じて疑わなかったことだ。
教典を読むことを『お勤め』と称し、その教えを身にしみこませる行為。これではまるで、自分がまだ
光の教団の教義を信じているのと同じではないか!
しかも、それを数日の間さも当然のことのように行い続け、何の疑問ももたなかったとは!
「ち、違う………。私にはこんなものは、もう必要ありません!光の教義は、もう捨てたものです!」
マリアは真っ青な顔をしながら教典を高く振り上げ、海が見える窓から勢いよく放り投げた。いや、投げようとした。
「ーーーーーーーーっ!」
が、マリアの手から放たれ窓から投げ捨てられようとした教典は、まるで吸い付いたようにマリアの
手から離れなかった。
別に呪いがかかっているわけではない。マリアの手が、体がそれを投げ捨てることを拒んでいるのだ。
マリアの腕は投げ捨てようとした体勢でぴたりと止まり、いくら動かそうとしてもピクリともしない。
「な、なんで……、なんで?!」
想像もしない事態にマリアの思考は軽いパニックに陥っていた。マリアの頭脳は教典を捨てようと体に
命令している。が、体のほうはそれを捨てるなんてとんでもないと抗議の意思を示している。
まるで、教典がマリアにとって欠くべからざる大切なものだといわんばかりに。
「い、いやぁぁーーっ!!」
マリアは何とか教典を手から引き剥がそうと、委細構わずぶんぶんと手を振り回した。
そのかいあってか教典は何とか手から離れることは出来た。が、外に投げるはずだった教典は部屋の
天井に向って飛んでいき、軽い衝突音と共に床に落下した。


「な、なんなんですか………。これって………」
床にぽつねんと佇む教典に、マリアは底知れない恐怖を感じていた。
傍目から見たらなんてことはないただの本だ。が、その『ただの本』がまるで自分を拘束しているか
のような感覚を与えてくる。
まるで、光の教団が教典を通して未だに自分を呪縛しているかのような、そんな感覚を。
とにかく、この本は普通ではない。なんとかして処分しなければどのような災厄が降りかかるか知れたものではない。
「でも、どうやって…………。!」
そうだ。リュカさんやヘンリーさんならなんとかしてくれるかもしれない。自分と違ってあのふたりは
奴隷としてむりやり教団につれてこられたから信仰心とかは全く持っていないはずだ。
二人に頼んで、本を捨てるか燃してくれればいいのだ。
「早速、お二方の部屋に行って………」
そう考えたマリアが部屋の扉へと向おうとしたとき

ぱらり

床に落ちていた教典のページがめくれ上がった。
「………?」
風でも吹き込んできたのかと思ったが、あいにく外には一陣の風も吹いてはいない。

ぱらり、ぱらり、ぱらり

またページがめくれた。それも一枚一枚、まるで教典が意思を持っているかのようにゆっくりと。
「あ、あ…………」
マリアの心にまた凍て付くような恐怖がぶり返してきた。そして確信した。この魔本の傍にいてはいけない、と。
「………リ、リュカさん!ヘンリーさんーーっ!!」
緊張の糸が切れたマリアは、大声で二人の名前を呼びながら扉へ向って駆け出した。
が、部屋を出ようとしたその瞬間、教典が開いているページから白光と共に無数の細長いものが飛び
出し、マリアに向って襲い掛かってきた。
「きゃあぁっ!!」
後ろから完全に不意をつかれ、マリアはたちまち教典から飛び出したものに全身を絡め取られてしまった。
「な、なんですかこれ?!
リュカさん、ヘンリーさ…ングッ!」
助けを呼ぼうとしたマリアの口を、全身を縛っているものと同じものが塞いできた。口の中に広がる
冷たさとつるりとした感触による不快感、並びに呼吸を制限された息苦しさからマリアの顔が苦しげに歪んだ。
「んん、んぐうぅ………」
助けを呼ぼうにも声が出せない。マリアの小さな口を完全に完全に塞いだそれは、僅かな呻き声すら外に
漏らすことを許そうとしない。
逃げようにも体が動かせない。それどころかマリアを拘束しているものは物凄い力でマリアを引っ張り
教典の方へ誘おうとしてくる。
マリアは全身に力をこめ必死に抵抗したが、抗しきれるはずもなくまるで投げ出されるかのように宙を
舞い、教典の真上の中空へ体を固定されてしまった。
「……っ!」
この時点で始めてマリアは自分の体を束縛しているものが教典の中から発生していることを理解した。
白くうねうねと蠢くそれは、まるで教典の一頁一頁が変化しているかのように生えていた。
(こ、こんなことが、こんな本を、私は持っていたのですか?!)
やはりあの教典は普通ではなかったのだ。どこの世界に触手を生やす本があるというのか。
(そして、そのような本を私達に渡していた光の教団とは一体どういうものなのですか?)


神殿から脱出する際に光の教団を捨てたとはいえ、一応マリアは教団の教義を理解してはいるつもりだった。
確かに多少排他的なところがあったことは否定しないが、そんなことはどの宗教でも普通にあるものだ。
しかし、この教典はどう考えても尋常なものではない。その力は神というよりも、むしろ『魔』の
属性に含まれるものだろう。
(もしかしたら、光の教団というのは私たちが考えている以上に恐ろしいものなのでは?!)
そう考えれば、奴隷を使役したりしていたのも納得がいく。あの教団は救いを与えるものではない。
あれは信者にも、周りにも禍を与える教団なのではないか?!
マリアの考えは、加速度的に恐ろしい方向へと向っていった。
その時

『教団の教義に疑問を持つとは、信者として感心する行為ではないな』

「!!」
マリアの頭の中へ聞き覚えのある声が直接響いてきた。この声、以前拝謁する機会に恵まれ、その後
不注意から部屋の中の皿を割ってしまい、自身が奴隷に落ちるきっかけを与えた人物。
そう、それは光の教団の………
(イ、イブール様?!)
マリアの苦しげな顔が驚愕の色に染まった。なぜ、こんなところでイブールの声がするのか。イブール
は神殿の奥にいるのではないのか。
『何を驚くことがある。私は私の信者のことはどんなことでも理解しているし、また、どのようなこと
も知ることが出来る。たとえ、どこにいようともな。
それは教団を束ねる者の、当然の努めであろう』
イブールは、さもそれが当然というような物言いでマリアに語りかけてきた。なるほど。教祖という
からにはそれだけの力は持っているのかもしれない。が、マリアには引っかかるものがあった。
(イ、イブール様…、私は光の教団の教えを捨てました!もうあなたとは何の関係もないはずです。
それなのになぜ、このような仕打ちをなさるので………)

『フワッハッハッハ!!』

マリアの訴えは、イブールの甲高い笑い声で中断された。
『光の教団を捨てただと!馬鹿め、場末の信徒ならいざ知らず、洗礼まで受けたお前が易々と教団を
捨てられると思ったか!』
マリアの問いかけがよほど滑稽だったのか、イブールの声には多分に嘲りと蔑みが混じっている。
『教団の洗礼をその身に受けた時点で、お前は我らに身も魂も既に捧げておる。例え口で否定した
としても、その心根に受けた洗礼を取り除くことなど出来はせぬわ!』
(!!み、身も魂も………、捧げる?!)
イブールの言った言葉がマリアにはすぐに理解することが出来なかった。確かに洗礼の時、光の教団に
この身を捧げるといった感じの宣言はした気がする。が、それは大抵の宗教儀礼にある文句のようなものではないのか?
『そうでなければ……、お前が捨てたはずの教義を記した教典を、肌身離さず持ってるわけがなかろう』
(そ、それはいつもの習慣から持っていただけで、本当なら神殿に置いていって…)
そこまで言ってマリアの心にふと刺さるものがあった。
本当に、自分は置いてくるのを忘れたのか?普通に考えたら捨てる教えを説いたものを肌身離さず持っているのだろうか?
そんなことを、忘れるものだろうか?
『そうだ。お前は『自分の意思』でその本を懐に忍ばせていたのだ。それは教団の信者として、当たり前の行為だからな』
(な………!)
『そして、就寝前の黙読。これも信者としてするべき当然の勤め。いくら口で否定しようとも、お前は
いまだ光の信徒、われらの下僕なのだよ』


(ち、違います………!私は、私は教団を捨てました。教義を、捨てました………)
マリアの全身がわなわなと震えている。自分はあの教団から逃げられたと思っていた。だが現実は未だ
教団の掌の内にあったとは!
(あ………、あぁ………)
目元が潤み、大粒の涙が頬を伝って流れ落ちている。
だがそれは、囚われの身を理解した悲しみの涙ではない。口でいくら否定して見せたことろで、自分が
本当は未だに光の教団に帰依していることを理解したことによる悔し涙だった。
(もう、どこまで逃げても教団から逃げることは出来ない……。いっそのこと……死んでしまいたい!)
涙は堰を切ったかのように止め処なくマリアの瞳から溢れ出ており、その心は深い深い絶望に支配されていた。
『まあ、お前は洗礼は済ませたがまだ儀式は執り行っていないからな。教団に対して疑問が涌くときもあろう。
が………』
イブールの声が、マリアの頭に低く響いてくる。

『それも、もうなくなる』

(………、え……?!)
『光の教団に対する信仰が薄まったお前の心に、私が功徳を施してやる』
イブールが放った恐ろしげな言葉と共に、マリアを拘束していた触手が再び蠢きだした。
シュルシュルとマリアの体の上を滑らかに進み、その感触にマリアの腰がぞくぞくと震え上がった。
(な、なにっ………、ぷぁっ!?」
その瞬間、マリアの口を塞いでいた触手がヌポッと言う音と共に飛び出してきた。
その先に付いている二つの黄色い目、大きく開けた口、生え揃った4本の牙、ちろちろと動く舌。
「き、きゃあぁっ!!」
マリアの目の前にいるもの。それは一匹の白蛇だった。
よく見ると、マリアを絡め捕っていた触手は全てが蛇であり、そのどれもがマリアへ向けてその大きな口を開いていた。
口元から伸びる牙から紫色の毒液が滴り落ち、床に嫌な染みを作っていた。
『そやつらがお前に教団の信仰心を与えてくれる。有難く受け取るがいい。
さあ、やれぃ!』
「い、いやっ!やめてくださいイブール様!あ、ああーっ!!」
イブールの号令と共に、マリアを囲んでいた蛇が一斉にマリア目掛けて襲い掛かり、腕、脚、首とあらゆる
箇所にその牙を埋めていった。
「あ、ああ…、ああぁぅ………」
マリアの瞳は大きく見開かれ、体をビクンビクンと揺すらせている。皮膚を通して紫色の毒液が血管を
伝っているのが外目からも分かり、色白だが健康的だったマリアの体が、見る見るうちに紫色に染まってきている。
『その功徳が全身に行き渡ったとき、お前の心は我が教団の信仰に彩られ、その体は教団の使徒として
新しい身に生まれ変わる。
その体で、下界に光の教団の教義をあまねく広めるがいい。
我等が神、ミルドラース様の顕現のためにまだまだ人間の命が必要なのだからな………』
顔まで紫色に染まり、朦朧とした意識が途切れる寸前におぼろげに聞こえたイブールの声を心に染み
渡らせた後、マリアはがくりとその頭を垂れた。


「どうしたんだマリア?こんな夜更けに」
明日の出発に備えて休もうと思っていたリュカとヘンリーの部屋に、マリアが入ってきたのは
あまりにも唐突なものだった。
「すみません。お二人の出立に先立って、どうしてもやって貰いたいことがありまして」
マリアは本当に申し訳ないといった表情で二人の顔を眺めている。そんな顔をされてしまっては、
リュカもヘンリーも話を聞かないわけにはいかなかった。
「わかりました。で、話というのは一体なんなんですか?」
リュカの問いかけに、マリアは静かに、そして丁寧な口調で返してきた。
「はい。実は、お二人がここを出て行く前に………


光の教団の素晴らしさを、ここの方々に私と共に広めていってほしいのです」


「「     」」
マリアの口からこぼれた言葉に、リュカとヘンリーはしばらくの間思考が停止してしまった。
今、マリアはなんと言った?光の教団が、素晴らしい?!
「ち、ちょっと待てマリア!お前一体何を言っているんだ?!あそこで受けた境遇を、忘れたって言うのか?!」
「光の教団が素晴らしいなんて……、僕たちはあそこから逃げてきたんですよ!それを、なんで!」
ヘンリーが怒ったような口調でマリアに叫んだ。リュカも不満げな表情を顔一杯に浮かべている。
「確かに私たちは教団で辛い立場にたたされました。しかし、あれも私達に神がくださった試練と考えることは出来ないでしょうか?」
「冗談じゃない!あんたは奴隷になっていくらもなかったかもしれないが、俺とリュカはあの地獄に
10年以上いたんだからな!」
「ねえマリアさん、一体どうしたんですか?いきなりこんなこといい始めるなんて、普通じゃないですよ」
ヘンリーもリュカも、昨日まで、いやつい数時間前とまるで違うマリアの態度に困惑を隠せないでいた。
マリアは確かに光の教団に疑問をもっていた。だからこそ兄ヨシュアの計らいで自分達と共に神殿から
脱出してきたはずなのに、突然教団を礼賛するようなことをいい始めるなんて。
「どうしても………、だめですか?」
マリアはとても悲しそうにリュカとヘンリーに尋ねかけた。
「ああ!真っ平ごめんだ!あんなクソ教団のためになんか腕一本動かすものか!」
「光の教団は父さんの仇でもあるんです。その申し出は受け取れません」
はっきりと否定の意思を示した二人に、マリアはがっくりと肩を落とした。
「そうですか………。それでは仕方がありません」
そのあまりに気落ちした雰囲気に、さすがにリュカもヘンリーも気が咎めた。
「て、ていうか……、マリアがなんでまだ教団を………、マリア?」
二人の前で、マリアがふらりと立ち上がった。顔は以前俯いており、表情を窺い知ることは出来ない。
「それでは仕方がありません………。お二人にも光の教団の功徳を授けて差し上げます」
すっとあげたマリアの両腕が不意にみちみちと音がしたかと思うと異様に膨れ上がり、袖を突き破って
リュカとヘンリー目掛けて飛び出してきた。
その先には巨大な蛇の頭部がついており、大きな牙を覗かせていた。

「「!!」」

目の前に突然現れた蛇にリュカもヘンリーも反応できず、蛇は正確に二人の喉笛に喰らいついてきた。
「うがっ!!」
「ああぁっ!!」
激痛と共に首を中心とし燃えるような熱さが全身に広がっていく。外から見たら血管を通して紫色の
毒液が広がっていくのが見えただろう。


「うふふ。どうですリュカさん。教団の素晴らしさが全身に広がっていくのが分かりますよね?」
マリアはいつもと変わらぬ優しげな微笑を見せ、リュカへと近づいてきた。
「あ、あが……、マリアさん、なんで………」
痛みと苦しみで霞む思考の中、リュカはじっとマリアを見つめていた。
「………まだ功徳が全身に行き渡っていないみたいですね。じゃあ、私からもリュカさんに功毒を行き渡らせて上げます…」
マリアの小さな口がくぱぁと開かれる。その中には腕が変化した蛇と同じく大きな牙が生え揃い、同じく
毒液を滴らせている。その牙を、マリアはゆっくりと蛇が喰らいついている反対側の首筋へと埋めていった。
「うわあああぁぁぁっ…………」
その感触に、リュカは魂を震わすような声を上げた…




「さあ、二人とも目覚めてください」
マリアの声に、床に付していたリュカとヘンリーが操り人形のように不自然に立ち上がった。
その腕はマリアと同じように大蛇へと変化しており、シュルシュルと嫌な音をさせている。
「では二人とも、私が授けた力でこの修道院のシスター達に功毒を授けにいきましょう。私たち三人で
行えば、この小さな修道院ならすぐに全員教団に帰依することが出来るでしょう」
「はい…」
「はい…」
マリアの命令を受け、リュカとヘンリーはふらふらと扉から獲物を目指して出て行った。
その後を、マリアもゆっくりとついていった。
「まずはこの修道院から………。そして、オラクルベリー。そして………。
イブール様、この地を基点として光の教団の威光をどんどん広めてまいります。
そして、ミルドラース様への供物を神殿へとどんどんお送りいたします………うふふ」
優しげに微笑むマリアの表情に、ほんの一瞬だけだが闇に打ち震える冷酷な笑みが浮かんだ。




オラクルベリーの南に、地図にも載っていないような小さな修道院がある。
海風によってくたびれた扉を開けると、まだ若い金髪のシスターが旅人達に声をかけてきた。
「ここは光の教団の修道院です。迷える子羊よ、この修道院に何か御用でしょうか………」