DQ3SS

新スレ乙です。そして乙記念にDQSS二弾を投下します。

2『トウカ:あやかしのつめ』

※現在勇者一行はマイラまで辿り着いたという設定です。

「………、納得いかないアル」
アレフガルドに着てから、トウカは理不尽を感じていた。
「なんでユウやプリスやマホは新しい武器を手に入れられたのに、私にはないアルか?!」
そう、一行は地上世界よりはるかに強力なアイテムがあるアレフガルドで装備のかけ直しをしていた。
ユウはドラゴンキラーに魔法の鎧。マホは賢者の杖、プリスも武器ではないが水の羽衣という強力な
防具を購入していた。
しかし、武闘家であるトウカには装備できる武器防具は極端に少ない。
これは、元々武闘家が己の体一本で戦う職業ゆえ武器防具をそれほど必要としないということもあるが
武闘家そのものが世界においてなり手が極端に少ない…、アレフガルドに至っては殆ど皆無ということ
で武闘家用の武器防具を作る必要が殆どないといったことも要員であった。
それ故トウカの装備は未だにランシールで買ったパワーナックルとポルトガで買った黒装束だった。これは切ない。
他の三人がどんどんパワーアップしていくのに、自分だけが置いてけぼりを食らっている感じがする。
自分がどれほど修行して力をつけても、彼女達は強い武器、防具を買うだけで簡単に追いついてしまう。
気がついたら、個人用に渡されているトウカのゴールドは15000を数えていた。買う武器防具がないのと
それを補う修行のため金を使う機会が全然ないのだ。
だから、トウカは決意した。
「次に行く町で、絶対に私に合う武器を買ってやるアル!」
大散財も覚悟の上と、トウカはグッと拳を握り締めた。


リムルダールの町。
海岸線をグルッと廻って辿り着いたここは、大魔王ゾーマの城に最も近く、それゆえ強力な武器防具も
あることが予想できた。
町についてから自由時間になったとき、トウカは脱兎の如く飛び出して町の武器屋に急行した。
自分に合った強力な武器を求めて。だが、
「あー、ぶとうか?なにそれ、食べられるの?」
やっぱり武闘家という職業自体を知らないのか、武器防具屋の親父は頓珍漢な返答をしてきた。
「ふざけるなアルーッ!!」
カウンターを手刀の一撃で木っ端微塵に粉砕し、怒り肩でずんずんとトウカは店を飛び出した。
「いいアル。こうなったら市場で何か掘り出し物を見つけてやるアル」
正規の武器屋になくても、玉石混交が交わる市場になら何かいいものがあるかもしれない。
トウカはそう思い、下町に広がる市場へと足を伸ばしてみた。
足を止めては親父に尋ね、足を止めては女将に尋ね、時たま切れて店主を投げ飛ばしたりしながら
トウカはコツコツと市場にある出店を歩き回った。しかし、
「………どこにも、ないアル…」
やはり、トウカに合う武器はここにも存在しなかった。
これだけ必死に探しても、自分に合う武器がない。
「このままじゃ私、このパワーナックル一本でゾーマと闘うことになる羽目になるアルか?!」
別にパワーナックルが嫌いなわけではない。長い間共に戦い続けたこの金属製の小さな武器に愛着を感じたりもする。
「でも、これでゾーマと戦うなんてどう考えても無茶アル!!」
豪華絢爛な武器防具を身に付け大魔王に対峙する一行の中、ただ一人パワーナックルを構えている自分。
その姿は滑稽を通り越して惨めですらある。
「どうして、どうして私に使える武器がないアルかーーっ!!」
自身のいたたまれない気持ちが怒りへと変わり、目の前にあるレンガ塀に鬱憤を晴らすべく
トウカはパワーナックルを身につけた拳で力いっぱいにレンガ塀に正拳を打ち込んだ。

ドォーン!!
「キャッ!!」

当然というか、レンガ塀は拳のところから粉々に粉砕され、辺りに砂塵を巻き起こした。がその時
トウカの耳に聞き覚えのある悲鳴が飛び込んできた。
「?」
砂煙が舞い落ち、トウカの視界の中に入ってきたもの。それは引きつった顔で自分を見ているプリスの顔だった。
「あ、あ、ああの………、トウカさん?」
「なんだ?プリスじゃないアルか。何しているアルか?」
「い、いえ………、トウカさんが何か複雑な顔をして歩いていますから、何があったのかと思って
後をついていったら………、いきなり爆発音がしまして………」
プリスのたどたどしい説明を聞いて、トウカは少し心が和んだ。
心根がやさしいプリスは、まわりに少しでも嫌な空気が流れると、それを解消するために自分から
何かしらの行動を起こす。今回も自分の表情から悩みがあることを察し、ついてきたのだろう。
「まぁ……、その、驚かせて済まないアル。ちょっと気が立ってたものアルから……」
「あぁ、やっぱり何悩んでいたのですね。
もし私が解決できることでしたら何なりと言ってください。出来る限りの協力はしますから」
プリスの心配そうな視線を感じ、トウカは果たしてこのことをプリスに打ち明けていいのか悩んだ。
いい武器防具を買い揃えられるプリス達に嫉妬し、負けまいと武器を買いに町中を廻り、見つからない
腹いせに壁をぶち破った。などとさらりと言える訳がない。
「ええ……、そのぅ……」
「お願いします。トウカさんのそんな顔、見たくありませんからぁ…」
涙目になったプリスの顔がぐいぐいと迫ってくる。このまま黙っていたらこの場で大泣きしそうな雰囲気だ。
まあ、これもプリスのいつもの手口だ。こうしているうちいつの間にか悩みを吐露し、解決に向けて走り出すのだ。


(参ったな、アル………)
こうなっては仕方がない。トウカはプリスにこれまでの経緯を包み隠さず話し漏らした。
「そうですか………。強力な武器が欲しくて……」
「はっきり言って、今のままでは私は足手まといアル。ユウのサポートやマホやプリスが呪文を詠唱する
時間を作るためにも、より強力な武器が必要アル。
でも、この世界では私は強い武器を手に入れられない。アル………」
だからと言って地上に戻っても状況は変わらないだろう。バラモスと戦うため世界中を廻ったが、パワー
ナックル以上に自分の攻撃力を高める武器は無かったからだ。
「こうなったら、いっそ戦士にでも転職して………」
「でも私、この町で武闘家用の武器を見ましたよ」


……
………

「ちょっと待て。今、なんと言ったアル!!」
プリスがさらりと言った言葉。その言葉がトウカの脳天を貫いた。
「武闘家用の武器を見たと言ったなアル!言ったアルな!!」
トウカはプリスの両肩を掴み、興奮を抑え切れないのかがくがくとプリスを揺らして問い掛けてきた。
プリスは何かを言おうとするが、あまりのシェイクされる速さに言葉が出てこない。
「どうしたアル!どこにあったアルか!!早く言えアル!!!」
「ト、トウカ、さん………、ゆ、揺らさ、な、いで下、さい………」
プリスが何とか搾り出した言葉に、トウカは我に帰りパッとプリスの両肩を離した。
「あ、ああ済まなかったアル。つい興奮して………
で、どこでそれを見たアルか?」
「さっき私が行った骨董屋の店先に、それらしいものが飾ってあって………」
「骨董屋、アルか!」
迂闊だった。確かに普通の武器防具屋になくても、昔のものを扱う骨董屋ならなにかあるかもしれない。
「でかしたアルプリス!で、その骨董屋はどこアルか?!」
「わ、私が案内しますから………、トウカさんはついてきてくださいね」
「分かったアル!」
そういうなりトウカはプリスを置いて走り出してしまった。あっという間にトウカの姿はプリスの視界から消え去ってしまう。
「あ、あのトウカさん?!私の後、ついてきてって………」


あの後、何とかトウカとプリスは合流し、プリスが見たという骨董屋に辿り着くことが出来た。
木製の古びたドアを突き破らんばかりの勢いで開き、トウカは店の主人を見るなり縮地の疾さで近づき
カウンターに身を乗り出し、いきなり主人の胸倉を掴んだ。
「わっ!な、なんですかお客さん!!」
「親父!ここに武闘家用の武器があると聞いたアル!早く、早く出せアル!!」
出さないと殺さしてやると言わんばかりの迫力に、骨董屋の主人はただ圧倒され指一本動かせないでいる。
「早く、早く、早く!早く!!早く!!!」
「ひええええええぇっ!!」
この全く膠着した状況を動かしたのは、横から聞こえてきたどこかおっとりした声だった。
「トウカさん………。それではさっきの私と同じじゃないですか。それでは店主さんは声を出そうと
思っても出せませんよ?」
「え…………あっ!!」
プリスの一言で気を取り戻したトウカは、慌ててその手を主人から引き離した。
「げ、ゲーッホゲホゲホッ!!」
「も、申し訳ないアル!私、頭に血が上るとつい………」
主人の呼吸が元に戻るまで、トウカはただただ平謝りをして主人に詫び続けた。


「で、お客様がご所望の品は………多分この篭手と思います」
主人が雑然と並べられた店の棚から取り出してきたもの………
それは、篭手と呼ぶにはあまりに優美なものだった。
「…………!」
まるで絹かと見まがうばかりの決め細やかな綿で誂えた手袋の先に、触れる物はすべて切り裂かんと
ばかりに巨大な鷹の爪が五爪指先に取り付けられている。
金銀細工を散りばめられた装飾に、一個の巨大な黒真珠がアクセントとして添えられている。
それは、武器というより芸術品に近い存在だった。
「すごい………、アル………」
トウカは篭手から発せられる気高さと、武器としての猛々しさに戦慄を覚えた。
これは絶対不世出の逸品だ。まさにあらゆる武闘家の垂涎の的ともいえる代物だ。
「元々この武器は、数十年前に地上から降りてきた武闘家という職業の方が使っていたらしいのです。
その方はこのアレフガルドで天寿を全うされましたが、そのあとこの武器を使える人間は存在せず、
こうして私の店の棚で静かな余生を送っていたというのですよ」
なるほど、自分以外にもギアガの大穴を通ってアレフガルドに来た人間がいるのは聞いている。
その武闘家もそのくちなのだろう。
「なんでもこの爪は怪鳥ガルーダの爪を実際に使っているらしいです。ですから軽いうえに強度もあり
その武闘家はこれをつけて戦っているときは無敵だったらしいですよ」
主人の説明を聞いて、トウカはますますこの篭手に惚れ込んでしまった。
「店主さん………、ちょっとコレ、身につけてみてもいいアル、か?」
「ええ、もちろんですよ」
主人から快諾を得て、トウカは震える手で篭手に指を通してみた。
「………」
「おおっ、よくお似合いですよ」
それはまるで誂えたようにトウカの手にピッタリとはまった。まるで吸い付くような付け心地はどんな
に激しく動かしても自分の手を離れることはないだろう。
五爪の爪は指先の動きと完全にシンクロし、まるで本当に自分の爪ではないかと錯覚させるほどだ。
それに、つけた瞬間体が驚くほど軽くなったのを感じた。恐らく何かしらの魔法効果もあるのだろう。
もしこれを使いこなすことが出来たら………
「て、店主さん!コレ、いくらあるか!!」
トウカはもういても立ってもいられなくなった。自分が求め、探しに探した究極の武器が今、手元にある。
これは、なんとしても手に入れたい代物であった。


「そうですな………、20000ゴールドと言った、ところでしょうか………」
「に、にまんごーるど、アルか!!」
あまりの高値にトウカの声が裏返った。たしかにこれだけの逸品、それなりの高値はあると踏んだが
それでもその価格はトウカの想像を超えていた。
「しかし………、お客さんのそれを身につけたあまりのはまりっぷりと、お客さん以外にこれを買う人間が
今後現れる保障がないということで………ここは………」
(まさか、ただにしてくれるのアルか?!)
「ここは、思い切って2割引の18000ゴールドという事に致しましょう!」
「そ、それでも高いアル!!」
トウカの持ち合わせは15000ゴールド。どう考えても3000足りない。
「そこはなんとか、15000ゴールドまで勉強してくれないアルか?!」
「お客さん…、こっちも商売ですからね。これ以上負けるわけには………」

「でしたら、私が差額をお支払いいたしますわ」
主人とトウカの間に割り込んできたのは横で話を聞いていたプリスだった。
「私が3000ゴールド払いますから、その篭手を売ってくださいませんか?」
「えっ………、プ、プリス?!いいのアルか?!」
「トウカさんがようやっと念願かなうというのに、それを諦めることはありませんよ。
私のことは構いませんから、どうぞその篭手を手に入れてくださいませ」
プリスの言葉に、トウカは胸が一杯になってきた。
「プ、プリス、ありがとうアル!!この恩、一生忘れないアルよ!!」
プリスの財布から3000ゴールドを譲り受けたトウカは、店主の前にドカン!と突きつけた。
「ホラ!18000ゴールド、耳を揃えて出したアル!これでいいアルね!!」
そのあまりの迫力に少し主人は身を竦めながらも、丁寧に包装して篭手を差し出した。
「はい、どうぞ。
ああそうそう、この篭手の名前をいい忘れていました。
『荒鷲の爪』というものだそうです。大事に使ってくださいね…」


顔に満面の笑みを浮かべ、トウカはプリスと共に店を後にした。
「プリス、今日の夕食は私が全部持つアル!みんなで腹いっぱい美味しいものを食べるアル!!」
「まあ、それは楽しみです。でも………」
プリスが困った顔をしているので、トウカは小首をかしげた。すると、
「トウカさん、その篭手を買うのにお金全部使ってませんでしたか?」
「あっ!」
そういえばそうだった。
「しまったアル………。じゃあプリス、今度沢山お金が入ったら、みんなに奢るアルよ」
「ハイ。楽しみに待っています」
他愛ない会話をしながら歩を進めるトウカとプリス。
それ故トウカは自分が出てきた骨董屋が、ただの廃屋になっていることに気づくことは無かった。


「ハァ………、ハァ………」
もうベッドに入って一時間以上経つが、トウカは寝付くことが出来なかった。
じっとしていると、あの荒鷲の爪の装着感が生々しく呼び起こされてくる。まるで自分のために
誂えたようにぴったりと嵌った感触、惚れ惚れするほどの造形。
トウカはあの後部屋に戻ると、何度となく荒鷲の爪を身につけてみた。つければつけるほど篭手は
手に馴染み、まるで自分の手の一部のような感じがしてくる。不思議な昂揚感に全身が包まれ、いつまでも
手に嵌めておきたい感覚に付けるたびに襲われた。
が、流石に物騒なので仕方なく外すが、暫くするといても経ってもたまらずまた取り出して身につける。
先程からそれの繰り返しで、いい加減にしろうと床についたのだが、その感覚は未だに収まらない。
「ああ………、もう我慢できないアル!」
トウカはベッドから飛び起き、机の上に置いてある荒鷲の爪を握り締めると、矢も立ても溜まらず自分の
右手へと通した。
「あぁ………、これアル。この感じアル………」
荒鷲の爪を見るトウカの目は尋常ではない輝きを放っており、何かに憑かれたとしか思えない表情を浮かべていた。
「もう………、付けるだけじゃ満足できないアル………。早く、こいつを使ってみたいアル……」
骨董屋の主人から聞いたこの篭手の武勇伝を実際にこの手で確かめてみたい。
そんな衝動に駆られたトウカの目に飛び込んできたのは、今まで寝ていたベッドだった。ふかふかの
掛け布団が、まるで自分を誘惑するかのように広がっている。
「………」
目を見開いたトウカが掛け布団に軽く荒鷲の爪を這わすと…、掛け布団は何の抵抗もなくスゥッと裂け
中からボコボコと綿を吐き出した。
そのあまりの切れ味に、トウカはこれ以上ない興奮を覚えた。
「………、す、凄いアル………これだったら、これだったら………」
自分が相手の腹を一撫でしたら、あっさりとその皮は二つに裂け、中からピンク色のはらわたを
ぶちまけてしまうだろう。
早くしたい、早く使いたい、早く見たい!
幸い、周りにはたくさん獲物がいる。誰でもいい、グチャグチャにして………

コッ、コッ

その時、トウカの部屋をノックする音が聞こえた。その音に、トウカは嬉々として振り返った。
(やった!獲物が勝手にこちらへ飛び込んできたアル!)
トウカは右手を上に振り上げ、扉へ向って飛び掛った。
(わざわざ扉を開けることもないアル。扉ごと切り裂いてやるアル!!)
狂気の笑みを浮かべたトウカが扉を上から薙ぎ下ろし………、扉は実にあっさりと4枚にスライスされ
バラバラと崩れ落ちた。
その先に立っていたのは………、あまりに突然のことに呆然とするプリスだった。
「え………、トウカ、さん?」
「あ、あはは……プリス、プリスゥ………」
なんて柔らかそうな体をしているのだろう。あの細い足を細かく切り刻みたい。あのふくよかな胸を
ばっさりと切り落としたい。あの大きな瞳を思いっきり刺し貫きたい………


「…………ぇ………」
トウカの頭が急速に冷却されてきた。一体自分は何をしているのだ。荒鷲の爪を振りかざし、なにを
しようとしているのだ。自分は一体、何をしたいと思っているのだ?!
「………ああっ!!わ、私は何をしているアルか………?!」
トウカは目の前が真っ暗になる感触を味わった。自分は今明らかに尋常ならざる意識に支配され、
あろうことか仲間であるプリスを切り裂きたい衝動に駆られてしまっていた。
「トウカさん………、いきなり大きな音を出して、心配したんですよ」
「!!」
プリスが心配そうな顔をして部屋に入ってくる。その姿を見て、トウカの心にまた先程の暗い衝動が
顔をもたげてきた。
「いけない!プリス!部屋に入ってくるなアル!一刻も早く、私の前から逃げるアルよ!!」
このままでは、間違いなく自分はプリスを殺してしまう。それを恐れたトウカは必死になってプリスを
ここから離そうとした。が、
「そうはいきませんよ。トウカさん、苦しそうじゃありませんか。だって…」
「だってもあさってもないアル!!」
「だって………」
そこまで言った後、プリスの顔つきが急に変わった。

「だってトウカさん、そろそろ我慢できない頃だと思いましたから………」

我慢、出来ない………?
「プ、プリス………、何を言っている、アルか………?」
目の前にいるプリスの気配が急速に変化している。それまでの優しげな雰囲気が消え去り、魔族が持つ
ような暗い、邪悪な気配に包まれていっている。
「トウカさん、その篭手『荒鷲の爪』って店主さん、言ってましたよね?
あれ、間違いです」
プリスの眼が魔族の輝きを放ちはじめ、背中からコウモリのような羽が伸びてきている。
「その篭手………。本当は『妖(あやかし)の爪』って、言うんですよ」
今やトウカの目の前には一匹の魔族が立っていた。
「あやかしの……爪……?!」
「ええ。その篭手は使っている人間にあやかしの……、魔物の力と素早さを与えるんです。
それにより普通の人間には引き出せないほどの強さを使うことが出来るんですけど………、それを
使い続けると、一つ困ったことが起きてしまうんです」
黒い衝動を必死に堪えるトウカを傍目に見つつ、プリスはくすっと微笑んで話を続けた。
「それを身につけていると、次第に心も体も魔物になってしまうんですよ。トウカさん、
それを買ってから暇さえあればつけているんですもの。もう殆ど魔族になっちゃっていますよ」
「なんだって………?!それじゃ、私にこれを買わせたのは………」
「ええ。トウカさんを魔族にするため。あの骨董屋だってインチキですよ。中にいた店主さんも
ゾーマ様の部下のバルログさんが化けたもの。トウカさんは罠にかかったんです」
可笑しそうにクスクス笑うプリスに、トウカは今日起こったことがすべて計られたことだと悟った。
すべてはこのプリス(?)が自分を陥れるために仕組んだことだと。
「迂闊だったアル……、魔族め、いつの間にプリスと入れ替わったアルか………」
トウカの言葉に、プリスは少し怒ったような表情を浮かべた。
「心外ですね。私は正真正銘のプリス。トウカさんと一緒に旅をしてきた僧侶のプリスですよ。
ただ、ゾーマ様の偉大さをこの身で感じる機会があって、人間をやめましたけれど、ね」
「そ、そんなアル……、あの優しいプリス、が………」
プリスに裏切られたショックと心の中の衝動にトウカは立っていることが億劫になり、がくりと肩肘を
ついて倒れた。顔色は真っ青に染まり、ゼエゼエと荒い息を吐き続けている。
「ああ、もう限界のようですね。でも安心してください。トウカさんの衝動を満足できるものをお持ちしましたから」
プリスがつい、と目配せをすると、ドアの影から何者かが現れ、部屋へと入ってきた。


「あ、あ………?」
それは宿屋の下のパブで働いていた一人のバニーガールだった。ただ、その目は虚ろで何も映さず、
夢遊病者のように足元が定まらない。
「この人間は今、毒蛾の粉で夢うつつの状態です。何も抵抗されることはありません。
さあトウカさん、この人間でトウカさんのしたいことをなさってください。
ああ、この周りには結界を張っていますから声が外に漏れる事はありません。ご安心してどうぞ」
目の前に立つバニーガールを見て、投下はごくりと唾を飲み込んだ。
柔らかそうな皮膚、ぷくぷくに詰まった肉、張りのある胸。
どれをとっても今の自分衝動を満たすのには充分の逸品である。
だが、その衝動を満たすということは、このバニーガールを殺す、ということでもある。
「ああ………、いや、いやアルゥ……。そんなこと、したくないアルゥ………」
トウカは頭をぶんぶんと振り回し、必死で気持ちを抑えようとするがとても収まらない。
「我慢は毒ですよ。ほら、触ってみて………」
プリスの手がトウカの右手を導き、バニーに触れさせる。その柔らかい感触が神経に伝わったとき
「ア、ア、アアアアアアアァァァッ!!!」
トウカの両目が一瞬輝いたかと思ったら、装飾品であるはずの『妖の爪』の黒い爪が『ニュウッ』と『伸びた』。


「ハァ………、ハァ………」
トウカの足元に、夥しい量の血液と、切り裂かれた肉の塊が転がっている。
「……………、ハハ」
トウカの体は不思議な昂揚感に包まれていた。肉を裂く、肉を切る、肉を啄ばむということがこれほど
面白いものだとは思わなかった。妖の爪にべっとりと浴びた返り血をペロリと舐め取ると口いっぱいに
心地よい鉄錆臭い人間の血の味が広がる。
いや、今トウカが舐めたのは『左手』だった。妖の爪をつけていたのは右手のはずなのに。
よく見ると、トウカの両手からは妖の爪と同じ真っ黒で鋭く長い爪が伸びていた。妖の爪は完全にトウカ
の中へと吸収され、トウカと一体になっていた。
「ウフフ、どうですかトウカさん。魔族になった気持ちは?」
プリスの問いかけに、トウカは満面の邪悪な笑みを浮かべた。
「…最高アル。この人間の肉を切り裂き愉しむ感触、人間のままではとても味わえなかったアルからな」
「じゃあ、トウカさんもゾーマ様に従って、このアレフガルドを魔族の世界にすることに協力していただけますね?」
「勿論アルよ。ああ…、今から楽しみアル………。沢山の人間をこの手で殺すのが………」
と、そこまで言ってからトウカの顔から笑みが消えた。
「でも……、今のままじゃ出来ないアルな。ユウとマホ、あの二人がいる限りは…」
「ええ。2対2とはいえユウさんは勇者の血を引く者。せめて、マホさんもこっちに取り込まないと…」
「じゃあそれまでは、仲間の振りをしてついて行くのが得策アル、か」
「ええ。その間は、なるべく大きな騒ぎも起こしたくはありません」
そこまで言ってからプリスは、下に散らばる肉塊に目を向けた。
「少なくとも、こんな惨殺現場が私たちの近くにあるのは好ましくありません」
「そうアルな、じゃあ、いっそのことこれを………」


「綺麗に食べてしまいましょう」
「何も残さず食べちまうアル」


一拍置いてから同時に放たれた言葉は、奇しくも同じものだった。

その夜、決して外には漏れない音が宿屋の一室に鳴り響いた。
肉を租借する音、血を啜る音、骨を噛み砕く音…。それらは夜がふけても鳴り止むことはなかった。

そして、夜が明けた。

チャ〜ラチャ〜ラチャッチャッチャン

トウカ
E あやかしのつめ

せいかく
『まけずぎらい』→『まもの』