蒼と赤



それは1000年前より続く深い深い闇の因縁。
魔界より現れし凶雄、魔王マステリオン。地上世界の四部族、聖龍、獣牙、飛天、鎧羅
を手玉に取って互いを争わせ、力を疲弊させたところで自らが率いる魔界の軍勢、皇魔
族による地上世界征服を目論んだ悪の権化。
だが、マステリオンは時の四部族王の『央覇封神』によりその肉体を四散させ、消滅さ
せ得なかった邪悪な魂は、至宝『聖龍石』に封印され、中央宮殿の奥深くに安置される
こととなった。
その後、それまで独立を保ってきた四部族は、聖龍王サイガを皇帝に立て『神羅連和国』
として統合し、幾年にわたって平和を維持していった。

それから1000年、部族間による血の融合も進み、かつての四部族の肉体的特長もほ
とんど消えうせてしまった時に、神羅連和国を揺るがす大事件が発生した。
神羅連和国の中心部である中央大陸に大地震が発生し、中央宮殿最深部も少なからぬ損
害をこうむってしまった。
その際、かつてマステリオンを封じた『聖龍石』がある封印の間の結界にほころびが生
じ、その間隙を縫って皇魔族の残党が『聖龍石』を奪取し魔界へと持ち込んでしまったのだ。
かつて皇魔族と死闘を演じた大魔道ライセンらが語ったマステリオンの恐ろしさに、中
央評議会と神羅連和国皇帝テラスはマステリオンの復活を阻止するため、『聖龍石』の
奪還をかつての四部族王の血をひくリュウガ、タイガ、ショウ、シズク、オウキの5人
に命じ、『聖龍石』が置かれていた跡に現れた異次元の扉より魔界へと派遣した。

「よいな皆のもの、命令じゃ。
絶対生きてわらわの元に帰ってくるのじゃぞ!」

テラスに励まされ地上世界から旅立っていく5人。その姿が扉の奥に消えていくまで、
集まった全員が声援を送り手を振っていた。
「みんな、無事に帰ってきてほしいものじゃ…」
「ご心配には及ばないでしょう。歳は幼くても彼らはあの伝説の四部族王の血をひく戦
士たち。必ずや任務を達成し、我らの元に戻ってきてくれます」
節目がちに呟くテラスに、1000年前の戦いを知る大魔道ライセンが優しく声をかける。
だがその時、もしライセンが自分よりはるかに背が低く、かつ巨大な冠によりよく視認
できないテラスの表情を目に入れていたら、戦慄と衝撃を受けていただろう。
テラスは、笑っていた。その幼い顔を邪悪に染め、口の端を釣り上げながらクスリと静かに、
誰にも悟られないように笑っていた。
何故か、風も吹いていないのに王衣の衣擦れの音がした。気がした。


『蒼と紅』


5人の『光の戦士』が魔界へと旅立った後、神羅連和国内での地震活動、原生モンスター
などによる襲撃被害は収まるどころかますます拡大の一途をたどっていた。
特に、明らかに皇魔族と思われる異形の怪物の目撃報告も各地で起こっており、それら
の事態に対処するため聖龍、獣牙、飛天、鎧羅地域を治める各公爵は中央大陸から自治
域へ帰還して対応していたが、1000年間の安息に浸っていた民は暴力に対抗する能
力を著しく喪失しており、時折現れる皇魔族に対しては全くの無力といってもよかった。
これら皇魔族の脅威に対抗するため、テラスは中央大陸の虎の子とも言える魔道官と魔
法戦士を各地域へ救援として出すことを言い出した。
「陛下、それでは万が一中央大陸に皇魔族が来襲した場合、防ぐ手立てがなくなってしまいますぞ!」
高級官史たちが泡を食ったのも当然といえる。もし魔道官たちを大陸全土にくまなく派
遣すれば、中央大陸は文字通り丸裸となってしまうのである。
「案ずるな。四方を海に囲まれたこの大陸は侵入しようとする輩がいようとも発見はた
やすい。それに、例えここが襲撃されてもこの宮殿は簡単に落ちはせぬ。救援が駆けつ
けるまで時間を稼ぐことは出来よう」
「し、しかし…、万が一、陛下の御身に何かがあったら…」
なおも慌てふためく官史たちに対し、テラスは凛とした表情で応えかけた。
「それに…、各地の力なき民が苦しむさまを見るのは見るに耐えぬ。わらわは、自分の
身よりもまず、民の安全を考えたいと思うのじゃ」
この一言で、会議室内部に尊敬と感動の空気が渦巻いた。テラスのまず第一に民の身を
安んじる姿に出席している全員が心を打たれたのだ。

「流石は陛下だ」
「幼くして既に王者の品格を備えていなさる」
「まさに上に立つ者の鏡だ」

そのような声があちらこちらで発生している。中には涙を流すものすらいる。
言うまでもなく、満場一致で魔道官たちの各地域への派遣は決定した。拍手が鳴り止ま
ぬ中、テラスは何故か氷のような冷たい醒めた…、侮蔑の眼差しを彼らに向けていた。


沢山の喧騒が鳴り響く中央宮殿の通路を、二人の女性兵士が歩いていた。
一人は聖龍地域出身者の特徴である群青色の直髪を腰まで伸ばし、細面の顔に切れ長の
瞳が神秘的な雰囲気を思わせ、長身でしなやかな体に聖龍地域出身の証である青い鎧を着込んでいる。
もう一人は紅いショートボブの髪で、大きくてクリクリした目と笑いを絶やさない口が
人懐っこさをかもし出し、多少発展途上とも思える体には飛天地域出身の証である赤い鎧を着込んでいる。
彼女達の名前はキキョウとカルマイン。先の会議室にもテラスの後ろに立っていたテラ
スの親衛騎士である。
聖龍地域と飛天地域の出身者らしく、魔法の扱いにも長けており中央宮殿に配属されて
いる親衛兵士でも有数の力を持つ魔法戦士である二人は『蒼鳳のキキョウ』『紅凰のカル』
と並び称され、互いの歳も近く仲も凄く良かった。
まあ、傍目には凛々しい姉になつく元気一杯な妹にしか見えないのだが。
「すごかったよねーテラス様。あれでこそ皇帝って感じがするもん。普段はあんなに小
さくてかわいいのに、いざとなったらあんなに凛々しいなんてね〜」
「カル、少しはしゃぎすぎですよ。我々は陛下の矛であり盾なのです。もう少し、節度
を持った態度を取らないと陛下にも恥をかかせることに…」
「あ〜、ダメダメ。いつもそんなにかしこばってるとボクおかしくなっちゃうよ。たま
にはこうしてはめを外さないと」
「たまに羽目を入れている、の言い間違いではないのかしら?」
「あ、それはひどい!」
歩きながら漫才を繰り広げる二人に、すれ違う人間は「やれやれ、またか」と苦笑して
いる。中央大陸でも屈指の戦士でありながら、そういうことを微塵も感じさせない普段
の行動から二人の人気は高く、王宮兵士団の中には隠れファンクラブもあるらしい。
「とにかく、多くの人材が出て行ってしまうこれからは、私達親衛兵士団が陛下をお守
りする要となるのよ。今まで以上に気を入れて、任務に励まないとね」
「もちろん!皇魔族だかなにかわからないけれど、ボクたちがいる限り、テラス様には
指一本触れさせないんだから!」
勇ましくガッツポーズを決めるカルマインをキキョウは大事な妹を見るような優しい目
つきで見ていた。


魔道官たちが各地に散っていき、宮殿内部が急に寂しくなった翌日、キキョウとカルマ
インはテラスに呼び出され、テラスの部屋の前に来ていた。
「陛下は中にいらっしゃるのか?」
「はい。先程よりお二方が来るのをお待ちになっておられます」
門を守る二人の兵士にテラスの存在を確認した後、キキョウは目の前の大きな扉をノックした。
「テラス様、親衛騎士キキョウ、並びにカルマイン、ただいま到着いたしました」
「うむ。入るがよい」
兵士が扉を開き、二人は部屋の中へ入る。謁見の間ならともかく、テラスの個室に入れ
ることなど例え親衛騎士とはいえ滅多にあるものではない。小奇麗に片付けられた部屋
は豪華な調度品や装飾品で飾り立てられており、一見華美溢れる仕様になっている。
が、二人はその部屋の中に、一種空虚な空気を感じ取っていた。
本来テラスほどの歳なら遊びたい盛りである。まだまだ玩具や人形をその手一杯に持っ
ていたいであろう。絵本とかもあっていいはずである。
が、この部屋にはそのようなものは一切無く、年齢に不相応な本が本棚一杯に並べ立て
られている。
思えば、キキョウもカルマインもテラスの心からの笑顔というものを親衛騎士に任命さ
れてからほとんど見たことが無かった。そりゃ笑顔ならいくらでも見たことがある。し
かし、それらの殆どは儀礼的な作り笑いや、時折見せる寂しそうな笑顔だったりするのだ。
(あの小さい体で皇帝の重責を担っているのだからな。しかし、残酷なものだな…)
(こんな息が詰まりそうな部屋に一人っきりなんだもん。かわいそう…)
テラスに本当の、心からの笑顔を作ってもらいたい。テラスを守る身として、二人はよ
くそのことを考えていた。
テラスは何か調べているのか、キキョウたちに背を向け机に向っていた。
「テラス様、ボクたち二人に何の御用でしょうか?」
カルの問いかけに、テラスは背を向けたまま答えた。
「うむ。数多くの兵士達がこの中央大陸から出て行ったであろう。彼らの行く道、どう
なるかと考えていてな…」
「ご心配なさらずとも良いでしょう。彼らはいずれもその腕に覚えのある兵(つわもの)
です。必ずや陛下のご期待に答えてくれることでしょう」
「そうじゃな。『あやつら』ならわらわの想いを汲んでくれるじゃろうて」
「もちろんですよ!世界中で悪さしている連中、み〜んなやっつけてくれますって!」
「うむ。せっかく各地に分散させているのじゃ。集まる前に一つ一つ潰していかねば、な」
「皇魔族というのが徒党を組むのかはわかりませぬが…、確かに数多く攻めてこられる
と脅威となるでしょうな…」
「まあ、数多くやって来てもボクたちがいればなんてことないですけれどね」
「そうじゃろうな。だからこそ魔道官どもを中央宮殿から遠ざけたのじゃからな。おぬ
しらだけでも厄介だというのに、さらに数がいては…」

おかしい。何か話がかみ合わない。
陛下は一体、何の話をしているのだ?大陸各地に向った者たちのことを話しているので
はないのか?話の対象が変な『ずれ』を起こしているのではないか?なぜ陛下は我々に
背を向けたまま話し続けているのだ?!
「あの…テラス様?なんだか話がこんがらがっているような感じがしているんですけれど?」
「そうか?」
「陛下!こちらを向いてお話をしてください!」
「なぜじゃ?」
「今の陛下の言動、なんともいえぬ違和感がございます。こちらを向き、私達の顔を見
て、お話していただきたく思います!」
「そうか…。わらわと面と向って話がしたいと申すか…。ならば…」
テラスは椅子に肘かけに手を当て立ち上がると、ゆっくりと振り向いた。そこには…
「あれ…?」
「へ、陛下…?!」


テラスは、笑っていた。歳相応の屈託の無い、満面の笑みを浮かべていた。
だが、その笑顔にキキョウとカルマインは怖気を感じた。
あれほど見たかったテラスの本当の笑顔。だが、それは笑顔というにはあまりにも空々
しかった。精緻な職人が丹精こめて作り上げた笑顔の仮面。本物と寸分の互いも無く、
並べても違いがわからないほどのもの。
しかし、仮面は所詮仮面。外面だけを取り繕うとも決してその内面を映し出すことは無い。
今テラスが浮かべている笑顔はまさに仮面だった。その内面に存在する恐ろしい『なにか』
を、笑顔という仮面で隠している。あまりにも鬼気迫る笑顔だった。
「どうしたのじゃ二人とも。わらわの顔になにかついておるのか?」
笑顔を浮かべたまま、半歩、一歩とテラスは二人に近づいてきた。本能的な危機感が二
人に警告を出す。が、二人は一歩も歩を進めることが出来なかった。手が、脚が、全身
がガタガタ震え、動くことすら適わなかった。
「なにをしておる。わらわと顔をあわせて話すのではなかったのか?口をつぐんだまま
では、何を言いたいのかわからぬぞ?ん?」
あくまでも笑顔を崩さず、テラスは二人に向って話し掛けた。
「あ、あの、あのあのあの…」
何か話さなければいけない。でも、何を話せばいいのか、喉の奥に粘っこいものが引っ
かかって言葉が出てこない。
「陛下、陛下は、陛下は………」
陛下に感じた違和感、あれは陛下の言動だけだと思っていた。でも違った。ここにいる
陛下、その全てが何か違う。
「おうおう、そんなに震えて…。何がそんなに恐ろしいのかのう…」
テラスは、足がすくんで動けないカルマインの前に立つと、腰に手を回してギュッとカ
ルマインを抱きすくめた。
「きゃうっ?!テ、テラス様??!!」
「ふふふ…、こうしておるとわかるぞ。鎧越しとはいえ、おぬしの鼓動が…。ドキドキ
ドキドキ…、早鐘のように鳴っておるわい。可愛い奴よ…」
「な、なにをしてるですか?テラス様、こんなの、おかしい…」
「何がおかしいものか。可愛い部下が震えておるのじゃ。不安を取り除いて上げなければ、のう…」
恐怖と戸惑いで顔を引きつらせているカルマインに、テラスは小さな両手を頬に添えて
優しげな微笑を投げかける。その光景『だけ』をみれば、微笑ましい光景と見えなくも無い。
だが、キキョウに比べればかなり小柄なカルマインでも、テラスに比べればその身長は
頭一つ分以上高い。それなのにテラスは、カルマインの頬に手を添えつつ、同じ目線の高さにいる。
細い目を恐怖で目一杯見開き、キキョウがその疑問に対する回答を指摘した。
「へ、陛下………。あ、あ、脚が、宙に、浮いて………」


そう、テラスの脚は床を離れ、カルマインと同じ目線のところまで浮いていた。
「それがどうかしたのか?皇帝が浮いていてはいけないのか?のう、カルマインよ」
目の前のテラスはあいも変わらず仮面の笑みを浮かべ続けている。
「ぃ……ぃ………いやあああああぁぁぁぁっっ!!!!!」
溜めていた恐怖が遂に限界を突破し、カルマインは喉の奥の奥から悲鳴を迸らせた。
「離して、離して!!近寄らないで、ひいいぃぃっ!!」
「そうつれないことを申すな。どうせもうおぬしらは逃げられぬ…」
笑顔を浮かべているテラスの瞳がちらっと見開かれる。その瞳の色は…金色をしていた。
「き、貴様………、陛下ではないな、化け物!!本物の陛下を、どこに隠したのだ!!」
目の前の陛下は偽者…。キキョウはそう思うことで恐怖を押さえ込み、腰に下げていた
細剣をスラリと引き抜いた。剣は抜いたと同時に青い光を帯び始め、所々から放電を始
める。魔法戦士であるキキョウの得意技である『魔法剣』である。
「わらわが…偽者じゃと、いうのか?」
笑顔は変わらず…、しかし、その下に隠した邪悪な本性を徐々に身に纏い始めたテラス
は、カルマインを突き飛ばすとキキョウに相対した。
「当然だ!我々の皇帝陛下は、そのような邪悪な『気』を纏っていたりはしない!」
「ふふ…、主君に手を出す飼い犬には、少し躾が必要じゃの…」
テラスが両手を広げると、その掌に黒い光が集まってきた。最初は霞のような黒だった
が、次第に濃さを増していき、最後には完璧な『黒』が顕現していた。
しばしの静寂の後、キキョウは裂帛の気合と共に剣を振り上げた。
「食らうがいい!必殺、『面漸沈逸(めんぜんちんいつ)』!!」
振り下ろした剣から溢れた稲妻が、四方八方に飛び散りテラスに襲い掛かった。
が、テラスの手から溢れた黒い光は迫ってくる稲妻を飲み込み、こともなげに消滅させ
てしまった。
「なんだと?!」
「キキョウよ…、この世に『黒』で塗りつぶせないものなど存在せぬぞ…。例え、稲妻であろうともな…」
「バ、バカな…。私の、渾身の技が…」
「では、おぬしを躾ける番じゃ…。受けよ『慈哀の光』を」
キキョウの前にかざされたテラスの掌から、一本の黒い光がキキョウめがけて放たれ、
避ける間もなく腹部に直撃を受けたキキョウは、そのまま壁際まで吹き飛ばされた。
「ぐはっ!!」
全身が砕けたかのような衝撃が体を貫き、キキョウはたまらず床に倒れ伏した。
「おやおや…。少しやりすぎたかのう…。壊してしまっては元も子もないからのう…」
あくまで笑顔を浮かべたまま、だが先程までの笑顔とまるで違う、まるで子供が無力な
虫を嬲って楽しむような、残忍な笑みをテラスは浮かべていた。
「くそぉ………、化け物め………、陛下を、かえせ………」
「なんじゃ、まだわらわを偽者と思っているのか?わらわは正真正銘、本物のテラス…」


「やーっ!!」

突如、それまで倒れていたカルマインが立ち上がって剣を抜き、テラスめがけて突っ込んできた。
キキョウと同じようにその剣に魔法の力…炎を纏っている。
「くらえっ!『面奔逸通(めんほんいっつう)』!!」
「下がりおれ下種が!!」
テラスの両目が禍々しく金色に輝き、振り下ろしてくる剣をむんずと握り掴むと、その
ままカルマイン諸共キキョウの方へと投げつけた。
「うぐぁっ!!」
「カ、カル!!」
「やれやれ………、こうも噛み付いてくる飼い犬では野良とあまりかわらぬのう…、くくく…」
目を爛々と輝かせ、薄笑いを浮かべてテラスはキキョウとカルマインを見下ろしていた。
「くっそぉ…、化け物めぇ…」
「おまえが…、おまえが本物の陛下であって、たまるものか…」
「じゃから何度も言っておるだろう。わらわは本物のテラスじゃ。ただ………」
その瞬間、テラスの全身からおびただしい瘴気が溢れ出てきた。
「仕えるべき主を見つけ、その身を相応しい姿に替えたがの………」
瘴気を身に纏ったテラスは、二人の目の前でその姿をおぞましく変貌させ始めていた。
その健康的な肌色は血も通わぬ青に染まり、頭部にある一対の角は先を鋭く尖らせつつ
大きさを増し、背中からは纏った衣を引き裂いて竜を思わせる羽が、腰からは粘液を滴
らせた異形の尻尾が生えてきた。
「今の『私』は皇魔族の長、魔王マステリオン陛下に仕える忠実な下僕、魔隷テラス…。
この地上に存在する皇魔族を、束ねる者…。ウフフフフ…」
激突した衝撃で身動きが取れない二人に、テラスはゆっくりと近づいていった…



今回はここまでです。で、次で堕とすわけですが…。正直、どっちを堕とすかを
決めかねてます。また、どっちかしか堕とし描写は書きません(文章量が凄いこ
とになるので)。
一応キキョウ「歪んだ保護欲」カルマイン「羨望と嫉妬」の堕ちワードを設定し
ています。
まあ、UPしてからのお楽しみということで…



自分は悪い夢を見ているのか。
ほんの数秒前まで陛下の姿をしていた者が、異形のモノに姿を変えている。
小さい体に毒々しいまでの瘴気を纏い、昔絵本で呼んだ悪魔そのものの容貌をして、私
達の前に佇んでいる。
本当にこれは陛下なのか?なぜこんなことになっているのだ?!
「お前は…、本当に、陛下なのか…」
「フフフ、そうよ。私はテラス。あなたたちが仕えている、『神羅連和国皇帝だった』テラス。
でも、そんな肩書はもう知らない。私は陛下のお力で生まれ変わったの。本当にやるべ
きことを、見つけることが出来たのよ…
そう、この地上の人間どもを蹂躙し、陛下の威光のもとに支配する、ということをね…。アハハハ!」
テラスは盛大に笑った。それは、先程までの仮面の笑みとは違う明らかに感情のこもった…
満面の狂気を孕んだ、凄絶な笑みだった。
「な、なんてことだ…」
「テラス様ぁ………、どうして、こんなことに…」

「「皇帝陛下、どうなされました!!」」

その時、中の喧騒を知ったのか、テラスの部屋の入り口を守っていた二名の兵士が扉を
開けて飛び込んできた。
「こ、これは!!」
目の前には倒れている二人の女兵士、大穴のあいている壁、破れた絨毯とカーテン、そ
して皇帝の姿形をした皇魔。
「に、逃げなさい…。あなたたちに、敵う相手じゃない!」
「早く出てここで起こったことを伝えて!!テラス様が、化け物になっちゃったって!!」
必死に兵士に脱出を勧める二人。しかし、兵士達は足でも竦んでいるのか、その場から
動こうともしない。
「どうしたの?!早く!!」
「ちょうどいいところに入ってきたわね。二人とも、その女達が動けないように捕まえていなさい」

「「はっ!」」

キキョウとカルマインは驚愕した。この兵士達は今のテラスを見ても逃げないどころか
テラスの命令に反応している。
「な、なんで?!」
「あなたたち、今の陛下の姿がわからないの?!」
「「……………」」
二人の声にも、兵士達は全く反応を示そうともしない。
「アハハハ…、無駄よ。そいつらには私の命令は絶対なんだから。なぜなら…」
テラスが手をかざすと、二人の兵士の鎧が突然膨張し吹き飛んだ。
いや、それは鎧だけではなかった。装身具が、服が、皮膚が風船のように膨らんで弾け
その下から全身白尽くめで一つ目、大きな掌に長い金色の爪をはやした怪物と、黒尽く
めで一つ目、丸太のような腕を持った怪物が姿をあらわした。
怪物は長い爪をカチカチと鳴らしながら、ペタリ、ペタリと近づいてきた。


「「クゥエッケッケッケ!!」」

「こいつらは既に、私の下僕にすり替わっているんだから。どう、かわいいでしょ…」
「イ、イヤアアアァァ………ァ」
人間の皮を内から破って出現した怪物にカルマインの精神は耐え切れず、一瞬白目をむ
いたかと思うと頭を傾けバサリと崩れ落ちてしまった。
「もうこの宮殿の兵士、魔道士のいくらかは私の手で皇魔族と入れ替わっているわ。邪
魔な魔道官連中も外へ追い出したし、もうすぐここは私達の手に堕ちるのよ…」
「な…。魔道官たちを各地に派遣したのは、各地域の皇魔族を殲滅させるためでは…」
「バカねぇ!ここを手薄にするために決まってるでしょ。この中央宮殿こそ、地上世界
の中心であり、魔界と一番近いところ。ここさえ抑えておけば、魔界からいくらでも皇
魔族を送り込むことが出来るのだから!」
そうだ。迂闊だった。光の戦士たちが通った異次元の扉は魔界へ通じる道。言い換えれば
そこを通して皇魔族が乗り込んでくるのことも可能なわけだ。
「ちょっと考えればすぐにわかることなのに、バカなあいつらは私がちょっと人間のこ
とを気遣う演技をすればコロッと騙されちゃうんだから。ああおかしい!アハハハハ!!」
なんてこと。先の会議室でのことは、すべて演技だったというのか。まず民のことを第
一に考える。あの言葉には私も少なからず感動を覚えた。しかし、それが全て嘘だったなんて!
「大体あの時のあいつらの態度、空々しくって思わず皆殺しにしちゃうところだった。
陛下の身になにかあったら?ですって。自分の身に何かあったらの言い間違いよね、あれってさ。
ここを守る魔道官や魔法戦士が根こそぎいなくなるもんだから、自分が殺されるんじゃ
ないかってビクビクしちゃって。本当に下種な連中よ。人間ってさ」
違う。名前は覚えていないがあの宮廷官史は本当に陛下のことを大事に思っている人だ。
「違います!あの方は、本当に陛下の身を重んじて…」
「違うものか!あいつらは、私のことなんてなんとも思ってはいない!ただ、担ぎやす
いお御輿ぐらいにしか思っていないのよ!面倒な責任は全部私に背負わせて、自分達は
影から利用することしか考えていないのよ!
今までだって、ずっとそうだった!私がやりたいことは何一つやらせてもらえず、こん
な狭い部屋に閉じ込めて、他の人間がやることなすこと、全て私に押し付けてくる!」
キキョウを睨みつけながら口角泡を飛ばして怒鳴るテラスを前にして、キキョウはある
ことに気が付いた。
自分をにらむテラスの瞳。金色に染まったそれは明らかな狂気を孕んでいるが、その奥
には激しく燃える怒気が含まれている。恐らく陛下は何者かに精神を歪められ、操られ
ているに違いない。
しかし、それで狂気は生み出すことは出来ても、怒気を生み出すことは出来ない。
「なら私は一体なんなのよ!自由なんて許されず、世界のことだけを考えさせられる!
人間らしく生きることも出来ず、ただただ他人のためだけに生き続ける。
お前は人間じゃない。お前は我々に都合のいい人形だ。ってね!!」
これは陛下がずっと心の中に燻らせ続けてきた怒気だ。今まで抑えに抑えてきたそれが
きっかけを得て爆発したのだ。
「だったら私は人間をやめてやる!自由に生きられない人間なんかやめて、私の手で、
私が自由に生きられる世の中を作って見せると、マステリオン陛下に誓ったのよ!!」
陛下をここまで追い詰めたのは、我々なのかもしれない。
だったら、その責任を、命を以って…


「おいシロカゲ、カルマインを持ち上げるのよ」
テラスの声に反応した化け物…シロカゲが突っ伏しているカルマインの腕を掴み釣り上げた。
完全に気絶しているカルマインはがくりと頭を下げ何の抵抗もしない。
「へ、陛下、なにをなさるおつもりで…」
「私の気持ちを汲むことも出来なかったお前達にも罪はあるのよ。だから、お前の前で…」
テラスの長い爪がギラリと光る。
「こいつを散々に嬲った挙句に、ボロ雑巾のように殺してあげるのよ!!」
唸りを上げて爪が振り下ろされ、服はおろか纏った鎧までもが熱いナイフを当てたバター
のように切り裂かれ、その未発達な裸体が露わになる。
「な!や、やめてください!!」
キキョウはやめさせようともがくが、自分を掴んでいる怪物…ムラカゲのせいで指一本
動かすことができない」
「ケケケケケ!!」
「このおぉ、離せぇ!!」
「フフフ、私より年上なのに、私より胸が小さそう…。乳首の色もきれいなのね…」
テラスの爪が、カルマインの左胸に伸びた。スゥッと爪を胸に這わすと、紅い筋がゆっ
くりと浮き出てきて、そこから血がじわっと染み出してきた。
「どう?キキョウ。綺麗でしょ、小麦色の肌に真っ赤な血。あなたみたいに白い肌だっ
たら、もっと綺麗なんでしょうがね…」
「陛下………お願いですからやめてください…。なんなら、私が代わりになります。な
んだってします。この一命を取られても構いませんから…」
大粒の涙を流し、必死に懇願するキキョウだが、テラスは残酷な笑みを浮かべると言い放った。
「ダメよ。これはお前に与える罰なんだから。自分が先に死んで苦しみから早く解放さ
れるなんて思わないことね。
ああ…、こんなに血が溢れてきたわよ…。滴り落ちてきそう…」
乳首辺りで出来ている血溜まりを、テラスはぺろりと長い舌で舐め上げた。
「んっ………」
気絶しているはずなのだが、カルマインの顔がわずかに歪み、うめき声が漏れ出でる。
「やめてぇ…」
カルマインにそんなことしないで。そんな顔をさせないで。
「あら、こいつ気絶しているのに感じているのかしら?こんな可愛い顔をして、舐めら
れるだけで感じるなんて。本性はとんでもなくいやらしいのかもね」
「やめて…」
そんなことない。カルマインはそんなはしたない子じゃない。
「なんだったら、殺す前にシロカゲに相手させてあげようかしら。絶頂にイくときにあ
の世へ送るの。きっと死んだことにも気づかないかもね」
「やめ…ろ…」
そんなの許せない。あんな化け物をかわいいカルマインが咥え込むなんて、絶対に許せない。
「両手両足切り落として、逃げられないようにしてから、前と後ろを一緒に責め上げるの。
痛みと快感で頭壊れて、バカになっちゃうかしら?」
「やめろ…」
そんなこと、絶対にさせない。化け物には私のカルマインを壊させない。
「シロカゲ、まずは両手を握りつぶしなさい。その後は両足、それから引きちぎるのよ」
「ケケケェッ!!」
シロカゲが両腕に力を込めた。それを見たとき、キキョウは声を張り上げた。


「やめろおおぉっ!!私のカルマインに手を出すなぁっ!!カルマインに手を出していいのは、私だけだぁ!!」




まだ自分が小さい時、王立小学校で出会ったカルマイン。よくなつく子でいつも私の傍をついてきた。
よく私の真似をして、後を追うように同じ士官学校に入ってきて、同じ親衛騎士に受か
って、私と同じくらい力をつけたカルマイン。
あれは私のものだ。あれは私が作ったんだ!あれの創造主は私だ!あれを守るのも壊すのも私だ!
「離せぇ!!あれは私のものだ。私のものだぁっ!!」
長い髪を振り乱して絶叫するキキョウを、テラスは満足げに眺めていた。
「おお怖い。そんなに取り乱しちゃって。そんなにこの子に手を出したいの?」
ニタニタと笑うテラスを見て、キキョウは次第に冷静さを取り戻してきた。そして、自
分が口走った、あまりにも背徳的な言葉と思考に目の前が真っ暗になった。
「あ………、わ、………私は………なにを………」
息を切らし呆然としているキキョウの顔を、テラスの指がつい、と持ち上げた。
「ウフフ、あなたがまさか幼馴染にそんな思いを持っていたとはねぇ。気絶していたか
ら良かったけれど、そんなことをカルマインが聞いていたら、あなたのことをどう思うのかしら?」
そんなこと、言うまでもない。
絶対に拒絶するに決まっている。自分が他人に自分のものだ、なんて言われてそれを受
け入れる人間なんているわけが無い。

『キキョウって、ボクのことをそんな風に見ていたんだね!幻滅だよ。もう顔も見たくない!!』

空耳に違いないが確かにキキョウの耳には聞こえた。自分を罵る、最愛のカルマインの声が。
「なんだったら起こして言ってあげましょうか?こいつはあなたのことをモノとしてしか見ていないって」
そんなことをされたら絶望だ。カルマインが、自分の手から離れていってしまう。
「や、やめてぇ!!そんなことされたら、そんなことされたら!!」
「フフフ、その取り乱した顔かわいいね。でもね、こう考えてみてもいいんじゃない?」
テラスはキキョウに近づき、静かに、しかしはっきりとした声で囁いた。

「カルマインを、本当にあなたのモノにしてしまえばいいんじゃないのかしら?」

最初は、言っている意味がわからなかった。
カルマインを私のものにする。私のモノにする。私の物にする…
「そ、そんなこと…、できるわけない…」
「できるわ。私の力があればあの子の身も心も、あなたのモノにすることが出来る…」
身も心も、私の物にすることが出来る…
その言葉は堪えがたき、離れがたき誘惑の言葉だった。
「ほ、本当、なの………」
ごくりと喉を鳴らし、キキョウは問い掛ける。
「本当よ。あなたが…」
テラスの尻尾がキキョウの眼前にひょろりと伸びてきた。よく見ると、先端が黒い光で満たされている。
「皇魔の力を受け入れれば、ね…」
テラスはさもおかしそうに呟いた。


「皇魔の力を…、受け入れる?」
「そう。皇魔族には禁忌も観念も存在しない。ただ、己の思いの向くまま行動すればいい。
あなたが皇魔族になれば、あなたを括り付ける人間の禁忌は存在しなくなる。あなたの
思いのたけを、ありったけカルマインにぶつけることが出来るのよ」
なんということだ。目の前の陛下だったものは、私に人間を辞めろと言ってきている。
「バカな…。私は栄えある中央宮殿の親衛騎士。そんなバカな真似が出来ると…」
「だったら、カルマインは永遠に手に入らないわよ」
「!!」
「もう人間の論理、倫理を口にするなんてやめなさい。あなたが人間である以上、あな
たが本当に手に入れたいものは永遠に手に入らないのよ」
テラスの言葉一言一句がキキョウの心にドロドロと張り付いてくる。それは無垢の外面
を覆い隠し、一枚、また一枚と重なり続け、心を真っ黒に染め上げていく。
「わ、わたしは、わたしは………」
声が続かない。心の最後の堰がまだ決壊しない。

「欲しくないの?カルマインが。欲しくないんだったら…、私達が取っちゃうからね…」

その言葉がとどめだった。私のカルマインを取られる。そんなことは許さない。あれは私のものだ!!
「……………、う、受け入れます!皇魔の力を………。カルマインを、手に入れられる力を!!」
「本当にいいのね?人間やめてもいいのね??」
「あの子は私のもの!その髪も肌も目も手足も心も、私が守ってきた私だけのもの!ほかのだれにもやらない!
あの子を完全に私の物に出来るなら………、私は人間をやめる!」
もうキキョウは己の黒い情念を隠そうとはしなかった。自己の欲望の成就のために全てを捨て去る覚悟を決めていた。
「ウフフフ…、よくできました。じゃあ皇魔の力をたあっぷり注いであげるから、まずは服を脱ぎなさい」
「わかりました。テラス様…」
テラスを『陛下』と呼ぶのをやめたキキョウは、ムラカゲから開放された手で、鎧の留め金を外し始めた。
やがて、一糸纏わぬ姿になったキキョウの腰に黒い光を溜めた尻尾がうねうねと近づいてきた。
「いらっしゃい。皇魔の世界に…」


ぅぁ……、ぁぁ………

遠くからうめき声みたいなものが聞こえる…
あれ?なんか聞き覚えのある声が…
あれって、キキョウの………
?!

「キキョウ?!」
「あら?目が醒めたの?」
カルマインが目を開いたとき、そこには異様な光景が広がっていた。
「あああぅ…………、あああっ!!」
全裸の姿のキキョウが床を這いずり回り全身から汗を噴き出して悶えている。
「キキョウ?!どうしたの!!ねえ、キキョウ!」
カルマインの声にも全く反応を見せず、キキョウはただただ床を転げ回り続けている。
「もう少し待っていなさい…。すぐ終わるから…」
「テラス様!テラス様がキキョウをこんな風にしたの?!だとしたら、絶対に許さないから!」
「確かにキキョウを今のようにしたのは私。だけれど、これはキキョウが望んだことなの。
キキョウは自ら望んで、こうなったのよ」
「ウソだ!あのキキョウが自分でこんないやらしくなるなんて、信じられるか!」
カルマインは信じられなかった。友であり姉のような存在のキキョウが、こんな痴態を
自分の目の前でさらすことが。


「見なさい、キキョウのあの顔…。キキョウは今、この世の天国を味わっているのよ」
確かにキキョウの顔はこれ以上ないほどに蕩けている。しかし、それははたして天国といえるのか。
やがてキキョウはうめき声を上げることすらなくなり…、ぴくりとも動かなくなった。
「キ、キキョウ!しっかりしてキキョウ!!」
慌てふためくカルマインに、テラスが微笑みながら話し掛けた。
「大丈夫…。ほら、見てなさい」
カルマインがキキョウに目を向けると…、肩の辺りがピクッと動いたかと思うと、キキ
ョウはゆっくりとその身を起こした。半開きになった瞳で辺りをゆっくりと眺め、カルマインのほうを向いた。
「キキョウ!大丈夫なのねキキョウ!!
……………キキョウ?」
カルマインの声に反応しているのかいないのか、キキョウはカルマインの方に向かって
ゆっくりと歩み始めた。その顔に表情はうかがえず、その瞳には何も映しこんではいない。
「ねえ、キキョウ、どうしたの………」
「邪魔よ」
キキョウの右腕がカルマインの頭の上を風きり音を上げて薙いだ。
「な、なにするのキキョウ………、ヒッ!!」
自分の左に何かが落ちる音がした。見てはいけないと心で思っても目は言うこと聞かず、
左下を見てみると………
自分を拘束していたシロカゲの頭が、そこにあった。自分の後ろにあったシロカゲの体
が、首から青い血を盛大に吹き上げてゆっくりと崩れ落ち、どう、と倒れた。
「いつまでも『私の』カルを掴んでいるなんて………、死んで当然よ」
長く伸びた爪についた青い血を、キキョウはぺろりと舐め上げた。
「キ、キキョウ………、一体、どうしたの………」
「うふふふ………、私のカル。私の………」
キキョウは薄笑いを浮かべながら、カルマインの両肩をがっちりと掴んだ。キキョウの
顔面に張り付いた笑みを見て、カルマインはあるものを思い出した。
「こ、この笑い………。これって、テラス様とおんなじ笑い………」
「フフフッ、よく気が付いたわね。そう、キキョウはもう私達の仲間…
さあ、あなたの生まれ変わった姿を見せなさい!」
「わかりました。テラス様…」
目の前にあるキキョウの双眸が金色に輝いたかと思うと、先程のテラスと同じく全身か
ら瘴気が湧き出てきてキキョウの容姿を塗り替えていく。
その眉間からは猛々しい角がメリメリと伸び、両耳は横に長く大きく尖り始め、テラス
のように肌は青く染まり、最後に尻尾が生えてきた。
それは、尻尾を除けば1000年前に聖龍族が有していた身体的特徴と全く同じ物だった。
「はあぁ………。どう、カル?私の体………」
「そ、そんなぁ………。キキョウまで、化け物になっちゃったよぅ………」
目の前で起こった出来事に絶望の涙を流すカルマインに、皇魔族に姿を変じたキキョウは優しく髪をなでた。
「そんな顔をしないの…。あなたが怖がることなんて、なんにもないんだから…」
この声、いつも自分を諭してくれるキキョウの声。
「これからも、あなたを守ってあげる。例え姿形は変わっても、私のあなたへの思いは一緒…」
頭の後ろに廻った手がギュッと締まり、カルマインの頭がキキョウの双丘へ埋められる。
その肌は血が通っていないような冷たさだったが、柔らかさは以前と変わってはいなかった。
「キキョウ………」
「いつまでも、私がついていてあげる。あなたに、ずっとついていてあげる。だから………」
カルマインの頭に両手が添えられ、キキョウの顔に向きをあわせられた。
優しい笑みを浮かべていたキキョウの顔に、その時欲望の笑みが張り付いた。
「あなたも、私と同じにしてあげる。人間なんかやめさせて、人間の禁忌のくびきから開放
させてあげる。あなたを、私のものに、してあげる………」
「キキョウ?!ひっ、ひいいぃっ!!」
カルマインの尻をキキョウの尻尾が『ぞわり』と舐め上げた。その先には、黒い光が宿っていた。


「うっ、うんっ!ど、どうっ、カル!」
「い、いいっ!キキョウ、いいよぉ!!」
テラスの目の前で、キキョウとカルマインが互いの体を貪っている。
キキョウの手によって皇魔族となったカルマインにはかつての飛天族の身体的特徴であ
る限りなく闇に近い黒い色をした羽が背中から伸びていた。
また、脛から先は脚鱗で被われ、猛禽を思わせるような鍵爪を爪先に有している。
もちろんその肌は青く染まって瞳は金色に輝き、異形の尻尾が顔を覗かせていた。
「どう?カルマイン。皇魔族の体は………」
「ああっ、テラス様ぁ!凄いです!!ボクこんなに気持ちいいの初めてですぅ!こんな
いいんなら、もっと早く皇魔族になっていればよかったですぅぅ!!
テラス様ぁぁ、ありがとうございますうぅっ!!」」
「あなたを皇魔族にしたのはキキョウなのよ。感謝するなら、キキョウにしなさいよ」
「は、はいっ!!
キキョウ、キキョウ、ボクをキキョウと同じ体にしてくれてありがとうぅっ!!」
「そ、そうよっ!あなたを変えたのは私なのよ!カル!あなたは私のものよ。未来永劫、
わたしものなのよぉっ!!」
「うんっ、うんっ!!ボクはキキョウのもの!ボクの身も心も、ずっとずぅーっとキキョウのものだよぉっ!!」
顔を青く染め上げ、瞳を獣欲でぎらつかせながら、互いの体に深く埋めたものをより深
く感じようと、キキョウとカルマインはどちらともなく腕を絡めあい唇を吸いあった。
「そう、今はお互いの欲望をぶつけ合っているがいいわ。これからあなたたちにも、た
っぷりと働いて貰うんだから、ね…」
「ええ、わかっていますわ!人間共を、くびり殺すの、ですよねっ!!」
「ああっ!ゾクゾクしちゃうぅっ!この手が、牙が、足の爪が疼くのぉっ!!
人間を早く刺したい、貫きたい、引き裂きたいってぇぇっ!!」
「そうね。でも、そんなことは苦も無く出来ること。今の地上の人間の力では、私達皇
魔族に敵うものなど存在しない…」
そこまで言って、テラスはギリッと唇を噛む。
「でも、中にはいる。1000年前の戦いを知り、今日まで生きてきた奴らが………」
まずはそれらを片付けなければならない。殺すにしろ堕とすにしろ、こいつらのようにはいかないだろう。
「アナンシ」
「はいはい、テラス様………」
いつの間にかテラスの後ろに、中級皇魔族のアナンシが立っていた。
「お前は1000年前の戦いを知っているのよね。何しろ実際に戦っていたのだから…
なら、今生きている連中のことも知っているわけなのよね」
「そりゃあもちろん、知らないこと以外は全部知っているよ。ケケケッ」
「なら、知っている事全て言うのよ。そうすればやることもやりやすくなるんだから。
あんたたちも手伝って貰うからね!聞いてる?!」
「き、聞いてますよテラス様ぁ!!」
「任せてくださいよぉぉっボクたちにああっ、イイのぉそこぉっ!!」

「まずは…………オン。あいつを………」

嬌声が鳴り響く中、テラスは次への算段を考えていた。
                          終

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