【みんな】ハーレムな小説を書くスレ【仲良く】 10P

324 :千一回目の初恋 1/5:2007/07/29(日) 11:31:47 ID:4S+c3LVb
「はい、お大事に」
「ありがとうございます、先生」

白髪をボブにまとめた女の老人が、白衣の医師に5分以上しつこく頭を下げながら、
診察室から出て行く。
ここは脳外科、精神内科などの複合領域を高度に扱う大学病院。
患者も症例も、一筋縄ではいかない。それが故に、医師にとっては魅力的な職場でもある。
ここにいる、頭頂が禿げたやせ気味の中年医師にとっても、それは同様だ。
しかし、と彼は次の患者のカルテに目を落とす。

「女神君、次の患者を」
「はいはーい、レンくーん、おっまたせ〜」
「……女神君、患者は平等に扱いなさい」
「す、すみません、あはは」
「入って良いですか?」
「あ、レンくーん、どうぞどうぞ」
「……」

全く言うことを聞いてくれない看護師を諦め、ドアから申し訳なさそうに入ってくる患者を見る。
そう、この患者の病気ほど、稀有な症例は見たことがなかった。
儚井 恋、18歳。
どこにでもいそうな細身の彼は、いまや病院内でのちょっとした語りぐさだ。

「儚井君、調子はどうだね?」
「悪くないです。記憶も……そんなに飛んでいませんし」
「それは、つまり、今回の恋愛はそんなにうまくいかなかった、と言うことかな?」
「そんなことありません!」

何故か、傍らの看護師が顔を真っ赤にして抗議する。

「あ……、すみません、私ったら」
「なるほど、今回の相手は君だったのか」

赤くなってスカートの裾をギュッと掴む看護師をよそに、医師は儚井に眼で確認を求める。

「ええ、涼子さんだった『らしい』です」

ちなみに、涼子とは女神の名前だ。

「そうか、なら看護師の彼女のことだ、二人の時間も取れにくいだろう」
「はい、なので今回は記憶の喪失は少ない方だと思います」
「担当医の私としては、ずっと女神君をパートナーとしていた方が症状軽いので
 助かるんだがね。診察も楽だし」
「せ、せんせぇ〜、たまには良いこと言う! レンくんにもっと私を売り込んでください!」

うるうると感動して医師の禿頭を拝む白衣の天使。
儚井はその様子に柔らかく微笑むと、

「もちろん涼子さんは僕にとってできすぎた人だけど……でもまずは」
「なにかね?」
「今まで僕が恋してきた『と思われる』みんなとの思い出を、ちゃんと取り戻してあげたいです。
 思い出せないままでは、相手に失礼だし、何より俺もちゃんと思い出したいですし。
 好きだった相手のことを」
「ふむ、まあ直感で選んで結婚しても、ろくな事はないとは思う」

なんだか嫌に実感のこもった医師の口ぶりに女神は「苦労してるんですね」と哀れみの視線を送る。
10秒前は拝んでいたのが嘘のような同情オーラだ。
中年医師(実は妻と別居中、明日話し合い予定)はゴホンと場を誤魔化す。

325 :千一回目の初恋 2/5:2007/07/29(日) 11:32:55 ID:4S+c3LVb
「じゃあ、いつものように質問だ」
「はい」
「三日間の食事は覚えているかね?」
「三日前の朝食と夕食、二日前の昼食、昨日の朝食と夕食を覚えていません」
「その席に女神君はいたかね?」
「いたと聞いてます」
「記憶のない時間帯は分かるかな?」
「えっと、三日前の朝から学校へ行くまでと、夕方から二時間ほど、
 二日前のお昼から5時間目の終わるまで、それと夜から翌日深夜にかけて
 昨日の早朝から朝食までと、夕方から深夜の日が変わるまでです」

儚井の報告に、何故か頬を赤らめる女神。

「ふむ、気になるのは二日前のお昼だな。看護師の女神君が勤務中に抜け出せる訳がない」
「僕にもよく分かりません。記憶が抜け落ちているので、詳しくは……」
「もしや、症状の発作パターンが拡大したのか? それは難儀なことだが」
「あ、あの〜」
「ん、なんだね? 女神君」

申し訳なさそうに小さく手を挙げる彼女は、チラチラと儚井を垣間見ながら、

「実はレンくんに、昼食サービスをと思って、同僚に頼んでですね〜」
「まさか病院抜け出して、高校まで行ってきたのかね……」
「だ、だって、レンくんが私に恋してる時間は短いんです! 三日しかないんです!」
「すみません……、僕のせいで」
「え、違うの、レンくんを責める気なんてなくて! もう、先生のせいで変なこと口走っちゃった
 じゃないですかぁ」
「いや、それは理不尽じゃないかな」
「レンくん、誤解しないでよ? 私はずっと、キミを見てるんだからね?」
「あ、ありがとうございます」
「て、職場で学生を口説くのは止めたまえ、女神君……」

はあ、と重い溜息を吐くと、カルテにさらさらっと検査結果欄に、様態変化なしと記述する。

「儚井君、薬はいつもと同じだ。薬局に通達を入れるから受け取ってくれ」
「はい、ありがとうございます」
「それと、女神君も連れて帰ってくれ。彼女は君が帰った後は使い物にならんからな」
「ひどいですね〜、けどお心遣い、感謝します! レンくん、入り口で待っててね!」

そう言うと、患者をほっぽり出して足早に去っていく看護師。
なかなかフランクな職場だ。
儚井も立ち上がり、医務室のドアを手に、「では四日後に」と告げて退出した。
バタン、と音がした部屋に一人、医師は天井を見上げて呟く。


「恋した時間を全て忘れる病気、とはな。小説より奇なり、とは言ったものだ」


この病気は、世界に50人もいない、珍病である。
個人差はあるが、「儚井 恋」というクランケに限定するならば、主な症例は以下の通り。

一つ、患者は三日に一度の周期で恋をする。
一つ、一度恋をすると、その日を含めて三日間は恋する状態が持続する。記憶も保たれる。
一つ、しかし四日目、何故か恋する感情ばかりか、恋した相手との思い出も全て失われてしまう。
一つ、その原因は一切不明である。

326 :千一回目の初恋 3/5:2007/07/29(日) 11:34:15 ID:4S+c3LVb
この病気の奇怪な点は、二つ。

まず、強制的とも言える確率で、患者は恋をする事。だいたい、恋をする時間は早朝の目覚めから
お昼にかけて、のようだが、例によって要因は不明だ。
そしてもう一つは、恋愛感情ばかりか、相手との思い出まで全て忘却してしまう事。
単純に全てを忘れるのではなく、恋をした相手との思い出のみをまるでくり抜いたかのように
なくしてしまうのは、これまで報告されたことのなかった症状だ。

だが、儚井はこの奇病患者の中でも、さらに特異な存在だった。
なぜならば、

「彼が恋をした女性もまた、99%の確率で恋をしてしまうとは、ね」

カルテを机にほっぽり出して、苦笑する医師。
恋するだけなら別に問題はないのだ。四日後には彼自身が全てその事実を忘れているだろうから。
だが儚井においては、ほとんどの場合、女性の方まで恋に堕ちる。
医師達の間では「人が一目惚れする瞬間の変化を研究するに最適なクランケ」などと
冗談めいて言われたものだ。
そして、当然のことだが、彼女の恋は三日間で途切れはしない。
彼の症状の一つか、単に彼が天性のすけこましなのかは判断できていないのが煩わしい所だ。

禿げ頭をぼりぼりと掻きながら、医師は窓からすっかり薄暗くなった病院の玄関を見た。
そこでは、早めに仕事からあがった女神が、儚井の細い腕にギュッと抱きついていた。
先ほどの診察を鑑みるに、今回の儚井の恋した相手は女神だった。
そして今日、彼女に関する三日間の記憶を全て忘れている筈である。

女神にとって辛いはずだ。
しかし、その顔に陰りは見られず、幸せそうな笑顔が溢れていた。

「普通なら、お涙頂戴の悲劇設定なんだがな」

医師は苦笑する。
そうならないのは、女性の強さか、それとも、儚井の魅力なのか。
医師として、いや、一人の人間として、まだ少年の面影を残す儚井の安らかな未来を願わずにいられなかった。

 * *

「レンくん、今日の晩ご飯は誰担当?」
「今日は、千景さんだったと思います」
「じゃあ、和食だね、お魚かなあ? 楽しみだねぇ〜」
「朝、何食べたいか聞かれたので、魚の煮付けって言っちゃいましたけど」
「本当? さすが私のレン! もう、味覚レベルまでシンクロしてるのよねぇ」

ギュッと腕組みの力を増す女神に、恥ずかしそうに顔を赤らめる儚井。
18歳になったとはいえ、まだ高校生の男としては、彼女の柔らかな胸が腕に触れると、
羞恥の念にかられるのは致し方ない。
と、その時、

「こら、色情魔! 私のレンを惑わすのは止めろ」

ゴン!

何者かと儚井が振り向くと、そこには長い髪を右肩で一つに纏めた和服美人が。
そして、片手にはなぜか大根が握られている。
歳は22ほどだが、割烹着を着ているおかげだろうか、実年齢より落ち着いて見える。
その細く潤んだ瞳は、儚井にいつも女性という生き物の神秘を感じさせた。

327 :千一回目の初恋 4/5:2007/07/29(日) 11:35:08 ID:4S+c3LVb
「いたーい! て、千景、大根で殴るのは止めてよ」
「あんたには大根で叩くのも勿体ないんだ。とっととレンから離れろ」
「いやですよーだ」
「あ、あの千景さん、買い物の帰りですか?」

口げんかが始まりそうな所を、儚井がテンポ良く止めに入る。
どうやら儚井にとって、日常茶飯事らしい。
千景も彼の声に即座に振り向くと、優しい笑顔になる。

「ああ、そうだ。なめこの和え物に大根おろしを添えたくなってね」
「俺もなめこ好きだし、楽しみです」
「バカ、レンがその、好きって言うから、その、わざわざ」
「え?」
「なんでもないよ! まあ、楽しみにしときな」

千景はぶっきらぼうに顔を赤らめながらも、レンのシャツの裾をそっと掴む。

「ち、千景さん」
「……これぐらい、いいだろ。そっちの痴女は腕まで組んでるんだからな」
「ちょっと千景? 誰が痴女よ〜」
「最近は私に恋、してくれる頻度も減ってるし、その、寂しい、というか」

見事に女神をスルーしつつも、上目遣いで見る。
儚井にとって、そのアングルは反則的に効いた。顔から湯気が出そうになる。

「も、もちろん、僕で良ければ」
「お前じゃなきゃ、駄目なんだ。でなきゃ、同居なんてしないぞ」
「あ、私もよ、レンくん! レンくんだけをみています!」
「うん、その、ありがとう。二人とも」

儚井が照れくさそうにニカッと笑うと、女神と千景はボオッと顔を赤らめる。

「その、礼なんていらん」
「そ、そうそう。好きでやってるんだから〜」
「あ、そうだ。そろそろ戻らんと、皆が帰ってきてしまうな、涼子」
「そうね! レンくん、マイホームへレッツゴーだ」
「うわっ!」

適当に誤魔化しながらも、女性陣は恥ずかしさを隠すべく儚井を引っ張り、足を速める。
そう、儚井と同居している女性は、何も二人だけではない。

彼に恋し、彼の病気を知ってもなお、共に愛し合うことを諦められない女性は、
13歳の発症から計18人ほどになる。
儚井はもともと、実家暮らしだったが、彼女たちの願いを断ることが出来ず、共同生活が可能な
古い一軒家に引っ越し、彼女たちを受け入れた。
(儚井を送り出した両親の視線は、今でも思い出したくないほどニヤニヤしたものだった。)

現在、自宅から通える者を除く10人ほどが、儚井と共に暮らしている。
端から見ると、この世の春を満喫しているかのような境遇だ。

だが、少年にとって、色々と不安になるのもまた事実だ。
この病気が一生治らなかったら、自分は愛する女性の思い出を何一つ覚えてあげられないまま。
そんな身勝手な男が果たして、こんなに綺麗な女性達に囲まれていていいのだろうか。

儚井の眼の先では、夕焼けが山々をオレンジ色に染め上げる。
燃えるたき火より頼りないその色合いは、すぐ濃い闇の青に飲み込まれるだろう。
まるで彼の恋のように。

328 :千一回目の初恋 5/5:2007/07/29(日) 11:36:36 ID:4S+c3LVb
少年の心を、少し感傷的に浸らせる、儚い風景。
想いは自然に、口先を動かせた。

「……いつまで、一緒にいられるかな」

それは返答を期待したものではなかった。
が、弱気な声色はすぐさま、

「ずっとだ」「ずっと、ですよね」

両脇を掴む女性に力強く受け止められた。

「お前が何度忘れても、また、私に恋させてやる」
「それだけじゃないよ、その度に私もレンくんに恋してるんだから」
「わ、私だって、そうだぞ」
「どうかな〜、千景は忘れっぽいからなあ」
「それはお前のことだろうが! 前もナース服をほっぽりだして。こら逃げるな!」

あはは、と笑いながら駆け出す女神を追いかけて千景も走り出す。
よくまあ、和服でこけないものだ、と感心する儚井の口許は緩む。

そうだ、分かっていたはずだ。彼女たちが自分と一緒にいる理由は。

全ては、彼に何度でも恋をしてもらうために。
そして、彼に何度も恋するために。

「二人とも、そんなに走ると危ないよ! ゆっくり行こう!」

儚井の声に、女神はニッコリ、千景は渋々ながらもこくりと返す。

「そうだね、私たちにはいっぱい時間があるんだから♪」
「レン、次は私の腕を組め。そんな時間があってもいいだろ?」
「うん、もちろん」

帰る先には、自分の忘れた思い出を覚えてくれる恋人達が待っている。
せめて、彼女たちには、儚くとも幸せな恋をさせてあげよう。

夕焼けの中、沈みゆく太陽が一瞬燃えるような黄色の炎を飛ばした瞬間を、彼は確かに見た。
それは、移りゆく空色の中、はっきりとした一縷の希望に見えた。




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