墓碑銘 |
|
鉛色の雲に満ちた空から、ぱらりぱらりと零れ落ちる雨の雫。 それに濡れた彼女の姿がまるで…… 「こんな所で見かけるなんて、思ってもいなかったよ」 「……そりゃまた」 振り返った時に見えたその笑みも、どこかいつもと違うように思えた。 普段の彼女とは違う、なんとも言いがたい。 「傘もささないで……風邪引くよ?」 「大丈夫さぁ、馬鹿は風邪引かないって言うしねぇ」 おどけて言ったんだろうその言葉にも、よく聞いているような響きはない。 「……知り合いかな」 「昔の、ね」 視線を受けるその石に刻まれた、名前。 何時の時代の物だろう、それはすっかり読み取る事すらできない位に。 「戦乱の時代……だったから」 ぽつり、小さな声。 何かを懐かしむような、何かを悔やむような。 複雑な心境も、その墓碑銘のように。 「そうあってもおかしくはないなぁ……って、思ってはいたんだけどねぇ」 彼女の頬を伝っているのは雨じゃない…… そう見えたのは、私の気のせいかな? 「ん?」 気がついた時には、肩を引いていた。 腕の中に飛び込んで来たそれには、血の通う温もりは感じられなかったけれど。 「どしたのさぁ……」 「……いや、気にしなくていいよ」 その姿がまるで幽霊のように霞んで見えたなんて。 君がそのまま消えてしまいそうで、なんて。 ……言えやしなかった。 言ったら今度こそ本当に、君は笑ったまま消えてしまうと思うから。 「……変なの」 困ったように笑いながら頭を撫でるその手が、妙に心地よかった。
END 自分が知らない過去を持つ彼女、その姿に感じた不安。 |