Bitter Choco Liqueur
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ビターチョコリキュール
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「妖来香」
一
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二
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三
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四
その一帯は「八谷」と呼ばれていた。文字通り八つの谷と九つの峰が地に刻み込まれた起伏に富む土地である。平地が少ないため田畑の石高も多くはなかったが、急峻な地形は外敵を寄せ付けぬ天然の要衝となり得た。
八谷を治める伊佐井家の祖先は、九つの峰の内、もっとも高い場所に城を築き上げた故、周囲の武家に対しても難攻不落を誇った。伊佐井の領土は決して大きくはなかったが、臣下の武士たちが精強でもあるため、隣国からは一目置かれる存在であった。
さて、伊佐井家の現当主、伊佐井季蔵には、二人の息子がいた。長兄、季重郎と、歳の離れた弟、季ノ輔である。
季重郎は、伊佐井家の跡取りにふさわしい実質剛健な武人であった。問題は、次男坊の季ノ輔である。
「兄上! 聞いておるか!?」
「あぁ、聞いておるとも」
八谷の城の一間。鼻息荒い問いかけに対して、盤を前に一人碁を打つ壮年の男が気のない相槌を返した。三十路を前にして碁石を盤上に置く壮年の男、伊佐井季重郎は、趣味の碁に興じるときであっても厳格な気配を漂わせている。屈強な体躯は、まさに一城の主たる武人に相応な威厳を持ち合わせていた。
その季重郎を前にして、鞠のようにでっぷりと膨らんだ腹を揺らしながら前かがみになり、荒く息をつく若年の男、季ノ輔の姿があった。元服を済ませて間もない季ノ輔は、横の尺が常人の倍はあろうかと思うほど肥太っていた。頬のたるんだ季ノ輔の顔は、兄の興味無さげな様子に不快感を露わにしている。
「兄上! 隣国の白百合姫が、何者かにさらわれたという話は知らぬのか!?」
「知っておる」
「隣国の領主が、白百合姫を見事助け出した者の嫁とする、と触れを出したことは知らぬのか!?」
「知っておる」
「聞けば、白百合姫をさらった下手人は妖で、しかも、我が八谷の渓谷の一つ、忌み谷を根城にしていると言うではないか!」
季重郎が碁盤を前に思案しつつ、ため息をついた。
「……皆、そのようにうわさしておるな」
季ノ輔の口元が、にぃっとつり上がる。
「そこで、この俺が妖を退治し、見事、白百合姫を救い出そうというのじゃ!!」
「ならぬ」
ぱちり、と碁石を打つ音が部屋に響いた。
「忌み谷の妖は、幻術で人を惑わすと言う。力任せに攻めいっても、返り討ちにあうだけだ」
季重郎の言うことは、事実だった。
もとより邪気の集まる地として畏れらる忌み谷に住み着いた妖を退治しようと、過去に幾人ものの武芸者が名乗りを上げていた。
ある者は忌み谷に向かったきり神隠しにあったかのようにぷっつりと姿を消し、またある者は仲間同士で斬り合った無惨な死体となって領民に見つけられた。
討ち取るどころか、いまだ妖の正体すら掴めていない。
「季ノ輔。夢物語のようなことを口にするひまがあったら、武芸の稽古の一つでも、まじめに続けたらどうだ」
季重郎が、静かな声音で付け加える。季ノ輔は、歯ぎしりの音を立てた。
伊佐井家は武人の家系。父、季蔵は、金棒を持った鬼と斬り結び、見事討ち取ったとの逸話もある。稚気の抜けぬ季ノ輔には、兄が手柄をとられたくないがために、自分を押しとどめているように感じられた。
「もうよい……っ!!」
季ノ輔は兄に対して言い捨てると、勢いよく立ち上がる。乱暴にふすまを開け放つと、そのまま廊下へと出た。
「季ノ輔さま!」
どすどすと音を立てながら大股に歩くと、すぐに初老の家臣たちがよってきた。父の代から伊佐井家に仕え、兄にも近しい忠臣たちだ。
「どうぞ、お気を鎮めてくだされ。季重郎さまも、季ノ輔さまの身を案じてあのようなことを……」
「うるさい! だまれ、だまれっ!!」
頭に血を上らせたまま、季ノ輔は癪を起こしたように怒鳴り散らし、家臣たちを追い払う。歩幅を広げ、どすどすと足早に廊下を渡る。
──いつも、こうだ。
季ノ輔は思う。いつまで経っても、兄に認められない。認められるための功績を上げる機会すら、取り上げられているように感じられる。身体にまとわりつく贅肉のように肥太った季ノ輔の自尊心は、大いに傷ついていた。
──だからこそ。
白百合姫を自らの手で妖から救い出したい、という思いは強くなる。白百合姫の美貌は有名で、野に咲く花々すら色あせて見えるほどだと人々はうわさしていた。
季ノ輔は白百合姫と実際に顔を合わせたことはないが、妖にさらわれたという前から、姫の麗しき器量については聞き及んでいる。
脳裏に美麗な白百合姫の姿を思い描き、下卑た妄想の中でもてあそんだことも一度や二度ではない。
兄に厳しく禁じられれば禁じられるほど、隣国の至宝ともうたわれる姫君を我がものとし、兄を見返してやりたいという気持ちが強くなる。
季ノ輔は荒く息をつきながら、再び歯ぎしりをした。
怒りに任せたまま城内を歩き回った季ノ輔は、気がつくと城の裏庭まで出ていた。
そこには、先ほどとは別の家臣たちがいた。まだ若く、衣の着こなしも雑で、粗暴な雰囲気を漂わせている。彼らは季ノ輔の姿を認めると、にたにたとした笑みを浮かべながら近づいてくる。
「如何でございましたか? 季ノ輔さま」
「だめだ! 兄上の分からず屋め!!」
季ノ輔が怒鳴り声を上げると、男たちは同情するようにうなずいてみせる。
「左様でございますか。季重郎さまは、季ノ輔さまの実力をみくびっておられますなあ」
男たちの一人が言うと、季ノ輔は荒く息をつきつつ身を乗り出す。
「そう思うか!?」
「もしくは、季ノ輔さまが必要以上の手柄を上げることを、恐れていらっしゃるのかも」
別の男が言うと、季ノ輔は頬をつり上げて首を縦に振る。
「やはり、そう思うか!!」
季ノ輔の満足げな様子を見て、また男たちはにたにた笑いを浮かべる。この者たちは、季ノ輔の太鼓持ちであった。元は武家の家臣とは言いがたい、ならず者同然の連中であったが、季ノ輔に取り入ることで甘い汁を吸っている。そのことに気がついていない者は、当の季ノ輔場ばかりだった。
「如何でございましょう。兄上さまに内密で、妖退治に出かけられては? 白百合姫を救い出せば、さしもの季重郎さまも手柄を認めずにはおられますまい」
「季ノ輔さまさえよろしければ、すぐにでも出発できるように準備はできております。もちろん、我々もお供いたす所存ですぞ」
声をひそめ、ささやくような男たちの申し出に、季ノ輔は鷹揚にうなずいてみせる。
「うむ、もちろん! 俺も、そのつもりであった!!」
季ノ輔は、つばを飛ばしながら大声を上げた。
胴丸を身につけ腰に太刀を差した季ノ輔は、騎馬にまたがり渓谷の細道を進んでいた。槍をかついだ供の者が、脇を歩く。崖に這うように枝のねじ曲がった松の林が広がり、その上をからすの群がけたたましい鳴き声を交わしながら飛び回っている。
城から忌み谷まではさほどの距離はないが、出立が昼過ぎであったため、すぐに日が傾き始める。黄昏が近づき始める時分になって、季ノ輔一行は忌み谷近傍の村へとたどり着いた。
小さく、みすぼらしい村であった。もともと、農地として使える土地も少ない谷底の上、悪名高き忌み谷の近くとあっては栄えることは難しい。
かような貧村に前触れもなく供を連れた侍が現れたため、村人は目を丸くした。やがて季ノ助の前に、村長と思わしき男が歩み出る。
「俺は伊佐井家の次男、季ノ輔である!」
季ノ助は、大声を張り上げる。土地を治める領主の名を聞いた村人たちは、たちまち平伏した。季ノ助は満足げに周囲をへいげいする。
「忌み谷に住み着いた妖の退治に参った! 日も落ちかかっているゆえ、今宵の宿と飯を用意してもらうぞ!!」
季ノ助はさも当然といった様子で言い放ち、村人たちは当惑して顔を見合わせる。
「季ノ輔さまぁ! 今夜はこいつで盛大にやりましょうぜ!!」
供の者の一人が、どこからか米俵を転がしてくる。村長が目を丸くした。伊佐井家に年貢として納めるための米だ。
「そ、それは……」
異を挟もうとする村長の脇腹を、供の者が小突いて黙らせる。季ノ助は気がつかない。
見れば、ほかの供の者は年頃の村娘を無理矢理抱き寄せている。季ノ助は気にも止めない。
季ノ助をそそのかした供の者たちは、はじめから正体の分からぬ妖退治に付き合うつもりなどなかった。季ノ助を適当におだてたてて一人で忌み谷に送り出し、自分たちは近くの村で悠々と羽を伸ばす心づもりであった。
そんなことは露とも知らぬ季ノ助は、馬から下りるといかめしく肩を揺らしながら米俵の前に歩む。季ノ助は米俵を片手で抱えると、軽々と持ち上げて見せた。
季ノ助の怪力は本物であった。家臣が子供じみた季ノ助をいさめきれなかった理由でもある。
「忌み谷の妖がいなくなれば、おまえたちも助かるだろう! 今宵は前祝いだ! 盛大な宴の用意をしろ!!」
季ノ助が村長の前に米俵を放り投げる。村人たちが腰を抜かすさまを、供の者がにたにたと見つめていた。
季ノ輔は大食らいのうえ、うわばみだ。米を食らい、村の酒樽を飲み干した。今は適当な民家を強引に借り受け、布団の上で大の字に倒れ込み、盛大ないびきを上げていた。
静まり返った丑三つ時の静寂が、村を包み込んでいる。と、外が急に騒がしくなった。季ノ輔も喧噪に気がつき、目を覚ます。
「……季ノ輔さま、失礼いたします」
供の男の一人が戸を開き、季ノ輔に声をかける。
「何があった?」
妖でも攻め込んできたか。ちょうどよい。自らの腕前を見せつけるには良い機会だ。
季ノ輔はそう思いながら、意気揚々と身を起こす。
「そ、それが……」
供の男が返事をしようとした時、季ノ輔はそのすぐ横に見慣れぬ人の姿があることに気がついた。
女だ。腰まである長い黒髪をたたえた女が、民家の縁側の上に膝と手をついて、季ノ輔に対して深々と頭を下げている。
「白百合にございます」
顔を伏せたまま、女はそう言った。
第二幕へ
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