Bitter Choco Liqueur
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ビターチョコリキュール
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「お姫様四重奏」
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その日の午後、僕らの一団は針葉樹林帯を裂け目のように分かつ急峻な谷にさしかかった。雨は降ったり止んだりを繰り返している。
深い谷の底にはごうごうと濁流が流れ、絶壁の崖からは岩山羊の親子が僕らを見下ろしている。崖の所々に、白い可憐な百合が咲いていた。西方固有の花で、コレットの髪飾りがかたどっている種でもある。
その渓谷には、橋がかかっていた。白い石材で造られた大きなアーチ状の橋だ。長く風雨にさらされ、石材は角が取れ、所々、苔がむしている。それでも、騎馬はもちろんのこと、馬車も載ることができる立派な橋を僕らは渡る。
前方から馬のいななきが聞こえる。
「どうどう! おとなしくしろ……っ!!」
谷の深さにおびえた騎馬を、エミリエが巧みに手綱を操り、落ち着かせる。
僕は自分の騎馬の上から、背後を仰いだ。見ると、後方の馬車の中からコレットが顔を覗かせている。この谷は、コレットの故郷であるベルナディラとの郷境でもある。コレットが故郷から旅立つときも、この橋を渡ったのだろう。
僕は騎馬の歩をゆるませ、馬車の横につける。
「ヴァレリオ様!」
コレットが、少し興奮したように声を上げる。
「この橋は、ロメスディクスの建国王様がお建てになられたという言い伝えがあります……!」
コレットの声が谷の狭間に響く。建国王……五百年以上も前の、僕のご先祖様だ。そう言えば、ロメスディクス建国王が現在の央都にたどり着く途中、ベルナディラを通ったという話を聞いたことがある。
僕は、祖先の通った道を逆向きにたどっているのかもしれない。そう思いながら、自らの前方に向き直る。急峻な山肌と針葉樹の木々がどこまでも続いていた。
夕暮れも近づき、野営の準備の段取りとなった。央国を出てから、だいぶ日が沈むのが早くなってきた気がする。
「近衛隊、工兵隊! 全員、整列だ! ヴァレリオ王子から、お話がある!!」
エミリエが騎馬の上から声を張り上げる。疲れを隠せない難民たちを横目に、レイグラント兵たちは規律のとれた動きで機敏に整列する。僕は馬から下りて、兵士たちの前に立つ。
「皆、ご苦労であった。このたびの遠征、生半可な戦よりも困難なものであったと思う。あらためて、礼を言う」
僕は、レイグランド工兵団を労った。誇り高き南方の兵士たちは微動だにせず、直立して僕の言葉を聞いている。
「明日、我々はベルナディラの郷都に到着するだろう。その前に一つ、頼みがある……」
僕は一呼吸おいて、本題を切り出す。
「……今宵、僕と、四人の王妃候補だけで内密に話をしたい。余の天幕は、兵や民から離れたところに張り、朝まで何人も近寄らぬようにしてもらいたい」
兵たちが、どよめく。面と向かって異を唱えるものこそいないが、「四人の……」と言ったところに反応したのだろう。「四人」と言うことは、ティルダを含む。ティルダは、僕の暗殺を試みた実行犯だ。
これから、ティルダにとりついた淫蟲を抜く。そのための、人払いだ。
「皆、安心しろ! ヴァレリオ王子のお命は、近衛長でもある私が身を張ってお守りする!!」
エミリエが豪快に笑ってみせる。演技が下手なエミリエにしては、よくできた作り笑いだった。直接の主君であるエミリエの言葉を聞いて、兵たちは黙り込んだ。皆、野営地の設営へと散っていく。
雨が止み、わずかな雲の切れ目が生じた。天上で、星々がわずかに覗く。ずいぶんと久しぶりにみた星の気がする。
僕は天幕の前に立っている。木々が生えていない小高い丘の中心だ。ここならば、誰かが近づいてきてもすぐに気がつく。加えて、丘を囲むように兵たちが円形の野営地を構え、さらにその外側に難民たちの天幕が張られている。
この丘を使う考えは、コレットの発案によるものだ。ベルナディラ出身のコレットは、当然、土地勘もある。もっとも、当人のコレットも、エミリエやセレスも、まだ姿を見せていない。
僕は丘の上に立って、待った。背後の天幕の中では、ティルダが覚めることのない眠りについている。
僕は腰に、鞘に収まった一振りの剣を身につけている。意識を取り戻したティルダが、万が一、僕の命を奪おうとしたときに自衛するための剣だ。もっとも、ティルダが我が身を省みずに本気で僕の命を絶とうとした場合、一本の剣でどうにかできるかは疑問だった。
待つことしばし。やがて丘のふもとの夜闇からカンテラの灯りが近づいてくる。近づくに連れ、灯りに照らされた二人の人影が見えてくる。片方は騎馬にまたがり、徒歩のもう片方に歩調を合わせている。だいぶ近くまで来てから、二つの人影がエミリエとセレスだと判別できた。
「準備に手間取ってしまいまして……」
大きなかごを手にしたセレスが頭を下げる。かごの中には幾本もの薬瓶と、薬草、清潔な布が詰められている。
「すまない、ヴァレリオ。待たせてしまった」
エミリエが、騎馬から降りながら言った。胸当てを身につけ、僕のものよりも一回り大振りな剣を帯びたエミリエは、落ち着かない様子で僕とセレスの顔を見比べる。
「コレットはまだ来ていないようだな……」
「……その方が良いでしょう」
エミリエとセレスが、なにやら言葉を交わす。僕は二人に、視線を向けた。エミリエは居心地が悪そうに目をそらし、対してセレスはまっすぐに僕のことを見つめ直す。
「どうかしたのか?」
僕の問いかけに、セレスティアが深々と頭を下げる。
「ヴァレリオ殿下。ご提案がございます」
感情のこもらない、異様にかしこまった口調だった。
「ティルダ姫を、誅しましょう」
冷たい静寂が僕らの辺りを包み込む。ティルダの言わんとすることを呑み込むのに、少しばかりの時間が必要だった。
「殺すというのか? ティルダを?」
僕はセレスに問い返す。セレスは伏せていた頭を静かに上げる。再び、セレスの視線が僕を射抜く。彼女の瞳に、迷いの色は微塵もない。
「今でしたら、病死に見せかけることができます」
セレスの言葉に、背筋が冷たくなるのを感じる。
「北方に何と説明する? ティルダは、オルストレムの反乱を抑える歯止めなんだぞ!?」
思わず僕は怒鳴り返していた。セレスは、顔色一つ変えない。ただ、青い瞳を僕に向けている。僕はエミリエのほうを見る。エミリエは一瞬、息を呑んだように身をのけぞらせ、続いて僕のほうに身を乗り出す。
「北方のことは、私に任せてくれ! ヴァレリオの命令さえあれば、如何様にも鎮圧する!! 何度だって征服してみせる!!」
エミリエが叫ぶように言って、拳を握りしめながら、顔を下に向ける。
「ティルダは……あの女は……何度だって、ヴァレリオのことを殺そうとするぞ……!」
嗚咽が混じりながら絞り出されたエミリエの言葉が、耳に届く。
「エミリエ姫には先に相談し、納得していただきました。全ては、殿下のお命をお守りするためです……ヴァレリオ殿下。どうぞ、ご決断を」
妙に他人行儀に言いながら、セレスが再び頭を下げる。青みがかった彼女の長い髪が、夜の帳の中でふわりと揺れる。
「……だめだ!」
僕は即答した。頭で考えるよりも先に、反射的に口にしていた。あぁ、王にあるまじき対応だな、と心の一部がぼんやりと思考する。それでも、自分の行動への迷いは不思議となかった。
「ティルダを殺すことは許さない。ロメスディクスの王となる者として、ティルダの治療という約定の履行を命じる!!」
僕は強い口調で、断言する。エミリエがはっとして顔を上げ、セレスが息を呑む。わずかに戸惑いの色を浮かべたセレスだが、すぐに冷静な表情に戻る。
「……エミリエ姫っ!!」
セレスが、傍らにいる人間の名を叫ぶ。それを合図にして、エミリエが身を屈める。次の瞬間、エミリエの身体が一直線に僕のほうに突っ込んでくる。体当たりをするつもりだ。セレスとエミリエが、力ずくで僕を抑えてでも、ティルダを亡きものにしようとしていることを理解する。
「すまん、ヴァレリオ……っ!!」
エミリエが僕の名を呼ぶ瞬間、わずかに彼女の動きが鈍る。思考よりも先に、僕の身体が反射的に動く。半歩引いてエミリエに対して体幹をずらす。片手でエミリエの肩を押しながら、片足で彼女の足下をすくう。
「っ……!!?」
エミリエの身体が宙に浮き、そのままうつ伏せに倒れ込む。僕は彼女の背に乗り、右手で頭を抑えて動きを封じる。
エミリエは、なにが起こったかわからずに呆然としている。僕自身も遅れて我に返る。王宮で覚えさせられた徒手空拳の護身術だ。暗殺避けに習った技だが、それをエミリエに対してふるったのが悲しかった。
「セレス!」
僕は一瞬の攻防を傍観していた姫君のほうを仰ぎ見る。セレスが、びくっと背筋を伸ばす。
「蟲抜きの薬を渡せ!」
僕はエミリエを押さえつけたまま、厳しい口調で言い放つ。
「……わかりました」
セレスは小さくうなづいた。手にしたかごの中から大きめの薬瓶を取り出し、僕に手渡す。
「飲み薬です。杯に三杯を飲ませてください」
セレスが、目を伏せながら言った。
「なるほど、分かった。ならば、まずは僕が飲んでみよう」
僕はセレスから目を逸らさずに、片手で薬瓶の栓を開ける。濃く煮詰められたきつい臭いが鼻をつく。
そのまま、セレスのことを見つめ続ける。しばしの後、セレスは小さくため息をついた。
「……杯に一杯。強い薬ですので、それ以上は毒となります」
観念したようにセレスが言った。僕はうなずき、エミリエの身体を解放する。僕とエミリエは共に立ち上がる。呆然とするエミリエは、これ以上抵抗する様子はない。エミリエはセレスを見て、セレスは小さく首を振った。
「エミリエ、セレス。僕が出てくるまで、決して天幕の中に入るな」
エミリエが何か言いたげに口を動かすが、言葉にならない。セレスは唇を固く結んだままだ。僕は二人に背を向けて、灯りが漏れる天幕へと向かった。
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