Bitter Choco Liqueur
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ビターチョコリキュール
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「お姫様四重奏」
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長く薄暗い階段だった。僕は、央城の一角にあるこの階段が子供の頃からあまり好きではなかった。この歳になって、あらためてその意識が強くなっていることを感じる。
僕は石壁に手を振れた。人がすれ違うのにも苦労しそうな細い石造りの回廊は、夏であろうとしっとりと湿り気を帯びて冷たい。
多分、父君のことを想起するからだろう。僕はそう思い至った。国王としてこの国に数々の栄光を残しながらも、病に倒れ、ついには昨年逝去した先代ロメスディクス央国王。この回廊は、病床の父を見舞うときの息苦しい空気を思い出させる。
階段を上る僕のすぐ後ろには、父王の代からの忠臣が付き従う。一人は初老なれど鍛えられた体格に髭を蓄えた剛健な近衛騎士、もう一人は小柄で小太りながら知性的な眼差しを持つ白髪の央国大臣だ。
やがて僕は、薄暗い石の回廊を抜ける。目の前を光が包み込んだ。
僕は、央城のバルコニーに立つ。眼下、央城前の広場を取り囲むように無数の民が集まっていた。駆り出された憲兵たちが、それを御する。広場に入りきれなかった民は沿道や、あるいは周囲の民家の窓から身を乗り出している様子が見えた。
「ヴァレリオ王子万歳!」
「ロメスディクス央国に栄光あれ!!」
老若男女を問わずひしめき合った民は、僕と央国の名前を口々に叫ぶ。僕、集まった民に手を掲げて見せた。人々の歓声は割れんばかりに大きくなる。
やがて、広場から離れた地点から別の歓声が上がった。央都の門から大通りへと、きらびやかな一団が入ってくる。僕は近衛騎士に促され、用意されたいすに腰を下ろす。
先頭は、赤い鎧を身にまとった武人の集団だ。屈強な男の騎士と壮麗な女の剣士が、一糸乱れぬ規律で行進する。
続いて、青いドレスに身を包んだ気品高い女官たちが後に続く。央国人とは異なる透き通るような風貌の彼女たちは、一様に見目麗しいだけではない。その立ち振る舞いから、深い知性と教養を伺わせる。
さらに遅れて、象牙のごとき輝きを放つシルクの装束に身を包む従者の集団が、央城へと続く道を練り歩いた。前二つの集団に比べれば規模は小さいが、白銀の園を連想させる彼らの出で立ちは、贅を尽くしたと言うにふさわしい。
赤、青、それに白。色鮮やかな集団、それぞれの中心には、パレード用にしつらえられた馬車の姿がある。馬車の上には、自らの配下たちと色合いをあわせた豪奢なドレスに身を包む姫君たちの姿があった。各国の至宝を思わせる美姫たちに、見物客は嘆息をこぼし、惜しむことなく賞賛の声を上げていく。
歓声の波は、突如、水を打ったように静まり返った。純白の行進に続いて、漆黒の一団が央都へ入ってきたのだ。今までの集団よりもはるかに規模の小い彼らは、喪服を連想させる不吉な色の装束を身にまとっている。中央に位置する函型の馬車は、まるで巨大な棺桶だ。中にいるであろう一団の主の姿を確かめることすらかなわない。
「なんと不吉な……」
白髪の大臣が、苦虫を噛みつぶすようにつぶやいた。
観衆たちも、目をそらし、口をつぐみ、街が沈黙に包まれていく。目に見えぬ侮蔑と敵意があった。やがて、誰からともなく物見の人々は、その場を後にする。黒衣の一行が央城前の広場に入ることには、央都中の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
央城の謁見の間に場所を移し、僕は玉座の上に腰を降ろした。今度は大衆の代わりに、無数の臣下と近衛兵の視線にさらされる。
僕は、金糸を織り込んだ君主の衣の上に、央国の紋章が縫いこまれた外套を羽織っていた。冠はつけていない。ロメスディクスの戴冠は、妃をめとる結婚式と同時に行われる。
眼下には、赤と青と白のドレスをまとう三人の姫君の姿があった。僕が玉座に着くと同時に、赤と青の姫君は慣れた様子で頭を下げ、臣下の礼を取る。少し遅れて白の姫君がそれに倣った。
彼女たちは、ロメスディクス央国傘下の四つの国から僕の妻となるべくやってきた王妃候補たちだ。半年間、僕と王妃候補たちは共に暮らす。形式的なものではあるが、その後、お互いの了承を持って正式な婚姻となす。先ほどのパレードは各国代表の花嫁行列というわけだ。
もう一人いるはずの姫君の姿がない。予定外のことに、白髪の大臣が典礼を任した部下たちと慌ただしく言葉を交わしている。央国王と……僕はまだ王子だが……王妃候補の顔見せは、およそ五十年に一度の重要な式典だ。大臣の表情が曇る。
黒衣の一団の一人であろう、喪服を思わせる衣装を身につけた女官が貴族たちの前に歩み出た。
「我がオルストレムのティルダ王女は、長旅で体調を崩された故、謁見はご容赦いただきたく存じます」
冷たい、無感情な声が謁見の間に響いた。貴族たちのざわめきが一層大きくなる。央城の謁見の間、それも次代の王と王妃の顔合わせの場だ。直接罵声を浴びせる者はいなかった。
それでも抑えきれぬ敵意の視線が、容赦なくオルストレムの女官に突き刺さる。中には今にも殴りかかろうと拳を握りしめる者までいた。顔を伏せた女官の表情は伺えない。
央国騎士たちの中央に控えた初老の近衛騎士は、むっつりと目を閉じていた。その手は、帯剣を許された刃の柄に添えられている。いつでも、切り捨てる……歴戦の武人から静かな、それでいて確かな殺意が伝わってくる。
僕は右手を掲げて怒気と悪意、さらには殺意までも抱えた臣下たちを制する。静まるのにそれなりの時間がかかった。僕はようやく口を開く。
「ティルダ王女を居室へと案内するように」
短く指示を伝えると、もう不満を表す者はいなくなった。黒の女官は深々と頭を下げると、央城付きの侍女に案内されて退室していく。
僕は張りつめた空気を振り払うように、玉座から立ち上がった。眼下に控える三人に声をかける。
「顔を上げてくれ。余は、そなたたちのことを間近に見たい」
赤と青の姫が顔を上げ、白の姫もそれに続く。僕は三人の顔を見て、わずかに安堵する。赤と青の姫君とは、浅からぬ親交があった。
僕は玉座がしつらえられた壇上から降りる。三人の姫君が、僕を迎えるように立ち上がった。
「ご無沙汰しておりました。ヴァレリオ殿下」
雲一つない空のように青いドレスに身を包んだ姫君が、スカートの裾を指先でつまみ、優雅に頭を下げた。流れるような長髪が、風をはらんでふわりと揺れる。僕は彼女にうなずきを返す。
王国の東に位置するマリ=ルイス選王国の王女、セレスティア姫。彼女の深い青色の髪と長くとがった耳は、マリ=ルイス人特有の特徴だ。選王国の人間が誇りとする「森の賢人」の血筋を伝えている証だという。
選王国人は学問を尊び、優秀な学者を数多く輩出している。国王は民の規範として、博学に通じる賢人であることが求められる。セレスティアも国風に漏れず、央都の大学に留学して優秀な成績を修めた。彼女とは、大学でともに研鑽を積んだ学友だ。
「あっ……」
セレスティアの横で、白い衣の姫がたじろぐ。央国西部のテオフィラ連郷国から来た彼女の名はコレット。年の頃は十六と聞いている。
テオフィラは、郷主と呼ばれる有力者が治める各地域の連合体だ。連郷国は郷主たちの合議によって政が進められる。コレットもまた、郷主たちに選出され、テオフィラの王妃候補として央国へと来た。
僕より頭一つ身長が低く、あどけない顔立ちも手伝って、本来の年齢よりも幼く見える。短く切りそろえられた銀髪に、西部固有の百合をかたどった髪飾りがあしらわれている。
高貴な装飾品とドレスに身を包んだ中で、彼女の髪飾りは妙に稚拙な造りにも見えたが、コレットの可愛らしい容姿には不思議と似合っていた。
僕はひざを曲げて、コレットと目の高さを合わせる。
「よくロメスディクスまで来てくれた、コレット」
「あ、ありがとうございます。ヴァレリオ様……」
慣れぬ風習に戸惑っているのだろう。おどおどと返事をするコレットに、僕は微笑みかける。彼女がうなずいてくれるのを待って、膝を伸ばす。残った一人の姫の顔を見ようと、振り返ろうとした。
「ヴァレリオっ!!」
赤髪を結わえた姫君が呼び捨てで僕の名を呼び、周囲の貴族がどよめいた。彼女は周りの者など意に介する様子もなく、僕に向かって抱きついてくる。彼女が身につけている硬い胸当てが当たり、痛い。
「離してくれ、エミリエ! 僕は、どこにも逃げたりなんかしないよ!!」
紅色の前髪が僕の顔をくすぐり、南方の陽に焼かれた麻色の肌が押しつけられる。荒っぽい抱擁に、僕も思わず素が出てしまう。
僕とエミリエの子供のような戯れを見て、周囲のものどもが式典であることも忘れてどっと笑う。
「あぁ、そうだ。そうだったな、ヴァレリオ」
彼女、エミリエ姫が笑いながら、僕の身体を解放した。エミリエは、央国南部に位置するレイグラント武候国の王女。央国を守る武人の国レイグラントにふさわしい情熱的で直情的な性格の持ち主だ。
僕の母君がレイグラント出身の王妃であったため、エミリエとは幼少の頃から知り合った。年に数度、顔を合わせては姉弟のように遊びあった幼なじみだった。感情を隠そうとしないエミリエの振る舞いが、僕にとっては懐かしい。
エミリエは僕を見つめ直すと、はにかんだ笑みを浮かべた。
「なあ、ヴァレリオ。このあと、私と『手合わせ』をしてくれないか?」
「うん、良いよ。エミリエ」
僕はエミリエにうなずきを返す。
彼女の言う『手合わせ』とは、レイグラント人の恋人同士で交わす風習だ。男女を問わず武を重んじるレイグラントは、結婚を前提とした男女がお互いの力量を確かめるために決闘を行う。
形式的な決闘ではあるし、勝敗のせいで結婚が破談になることはほとんどない。男が勝てば勝者の権利として相手を妻に望み、女が勝てばふがいない夫を守るため側に付き添うと言い出す。レイグラント流の余興とも言えた。
「あぁ、そうだ。ヴァレリオ」
エミリエが思いだしたように付け足す。
「私を嫁にするんだったら、正々堂々と打ち負かしてくれよ。不甲斐無いようだったら、国に帰るからな!」
エミリエは、そういう性格の持ち主だった。周囲の者たちが、それを聞いて愉快そうに笑う。初老の近衛騎士の手が剣の柄から下ろされ、白髪の大臣が柔和な笑みを浮かべているのを見て、僕は内心安堵した。
城の中庭でエミリエと『手合わせ』を交わす手筈を整え、僕は自らの居室へと戻った。侍従の手を借りて、重苦しくてかさばる儀礼用の服を脱ぎ、動きやすい軽装となる。
身支度を整えると、侍従とともに廊下を歩く。エミリエの様子を見る限り、気長に僕のことを待てる状態ではなさそうだった。そう思うと、僕もまた一人笑みがこぼれた。
足早に急ぐ途中、一室の扉が目に入る。あの黒い馬車に乗って来たであろうティルダ姫にあてがった部屋だ。僕は、扉の前で立ち止まる。
「ティルダ姫と顔を合わせていく。おまえは先に行ってくれ」
僕は侍従に告げた。返事はない。代わりに渋々と首を横に振る。
「妻となるであろう者と会うために、従者の助けが必要か?」
しばらく侍従は沈黙を守っていた。やがて、頭を下げると、廊下を歩き去っていく。
僕は、扉に向き直る。各国の従者たちは今は別室に集められ、ティルダ姫は一人で部屋にいるはずだ。
手を扉に伸ばす。ふれるまでもなく、わずかに扉が開いた。
扉の隙間から、金色の髪をたたえた女性の後ろ姿が見えた。従者たち同様、夜闇のごとき漆黒のドレスは、まるで喪に服しているかのようだった。窓から、外の風景を見つめている。彼女の視線は、急峻の向こうにある遠い故郷を見据えているだろうか。
ティルダ姫が、窓から離れる。彼女の横顔が見えた。青い瞳を、まぶたで覆い隠す。小さくついたため息の先、彼女の両手には白銀に輝く短剣が握られている。彼女は、無言で切っ先を自らの喉元に突きつけた。
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