薄氷に雪の降る


 兵舎のなかは冷たい。
 食堂、医療棟、幹部部屋。若干の例外はあるが一般兵士の部屋に暖炉や、それに準ずるものなどなかった。それが常識だ。
 毛布もひとり一枚支給されるだけ。だから大抵のものはそれを頭からひっかぶって、そしてできれば酒の一杯でも食らってから早々に眠りにつく。
 だから、こんな夜は。太陽が沈む前から雪が降ったりしている夜は、兵舎はいつもよりよけいに静かになる。


「……あー……あったけぇ……」
 部屋に入り込んできたかと思ったら、リヴァイはわき目もふらず暖炉の前に行き、そこからすこしも動かない。
 そんなにぴったりと貼りついていては目が乾くだろうに。
 実際エルヴィンがそう忠告もしたのだが、「あー」だの「うん」だの口先でいうだけだ。
 リヴァイは寒がりである。人類最強という名前にはすこし滑稽な属性だ。
 だがそれを知る者は、たぶんほとんどいない。
 とくに、こうやって暖炉の前を占拠している姿など、若い新兵は思い至ったりもしないだろう。
 そもそも、この辺ではあまり雨は降らない。雨が降らないということは、雪もあまり降らない。
 つめたい風は吹くが、それが雪を呼ぶことはほとんどなかった。
 だが、稀に大雪になる。今日のような日がそうだ。
 午前中からちらちらと降り始め、珍しいことに止むことはなかった。ゆえに、兵舎の屋根や教会の突塔の上には早いうちから雪が積もった。
 雪のなかの訓練は貴重なので、寒冷地仕様の服を着込み、兵士たちはさっそく訓練に励んでいた。新兵たちは山へ連れ出されたらしい。はしゃぐ余力もなく、今頃はもう夢のなかだ。

「ごちゃごちゃうるせぇガキどもが眠ってるってだけで、ここはこんなに静かだったかな」
「雪のせいだろう。あれは音を吸い込む」
「エルヴィン。ここには湯はねぇのか。茶の準備もできやしねぇ」
「紅茶か。いいな。すまないがポットを食堂から借りてきてくれ」
「ちっ」
 思い切り舌打ちをしてリヴァイは立ち上がる。部屋の中なのに、寒冷地仕様の上下をしっかり装備している。
「……」
「……なんだ」
 物言いたげなエルヴィンの目に引っ掛かりを覚えたのか、リヴァイは睨んだ。
「マフラーを一枚足したらどうだ。そこに私のものがかけてある」
 他人からみれば立派な重装備だが、普通の冬の夜ならまだしも、一年にそう何度もない大雪の夜だ。エルヴィンにはまだ彼が薄着に見えた。
「わかった」
 上着の合わせに差し込むようにして一本。
 そしてその上から、首の皮膚に冷気が入り込む隙を与えないようにもう一本。
 二本のマフラーで完全防寒だ。それでようやくリヴァイは部屋の外に出て行った。



                       *



 リヴァイが戻らない。マフラーでぐるぐる巻きになってからもう三十分ほども経つというのに。
 副団長室から食堂のある別棟には、ゆっくり歩いたって十五分ほどで行って戻れる。すこし遅すぎる。
 エルヴィンは懐中時計を開けて時間を確認した。
 書類整理を終えたタイミングで声をかけたのが、九時。
 やはりそうだ。あれから三十分経っている。
 人類最強と異名を取る人間が、まさか寒さで行き倒れ……なんてことはないと思うが、万にひとつということもある。なければないでその方がずっといいのだが、気にかかって、エルヴィンは部屋を出た。



「こんなところで何をしているんだ?」
 兵舎と兵舎の間。渡り廊下の屋根のないところで、リヴァイは樽を前にしているところを見つかった。
「ああ、エルヴィン。てめぇか」
「何を見ているんだ?寒くないのか」
 雪はまだ降り続いている。 それにここは建物のなかですらない。
 リヴァイは真顔で、また樽に目を戻した。
「見てみろ。水貯め用の樽に雪が積もってやがる」
「氷が張ったんだろう。その上に雪が積もったんだ」
「そうだ。でも最初、なんのことだかわからなかった。氷は張っても、雪が降るなんてことは滅多にないからな。こんなもの、初めて見た」
「それで子供みたいにずっと眺めていたのか?」
「ばかいえ」
 そんなことじゃない、とリヴァイは眉を顰めた。そして、指先を雪と氷のなかに突き立てた。
 ぱりんと音を立てて、薄い氷が割れる。
「たとえば、今ならこうやって。あのデカブツどもを、薄い氷の張った池か川に誘導して落として閉じ込められねぇか、と思ったんだ」
「なるほど。無知性巨人なら可能そうだな。だが、巨人は項を削がないと死なないというのが今の定説だ。果たして、凍って死んだりするかな」
「あんなばかみたいな素っ裸でウロウロしてんだ。多少は影響あるんじゃねぇのか」
「ハンジに訊ねてみるか」
「俺もそこまで考えたんだが、巨人をどうこうする以上に面倒くさそうだからやめた」
「だが、悪くないかもしれない。すくなくとも、一考の価値はある」
「どうかな……」
 思い出したようにリヴァイは寒いと呻くと、マフラーの間に唇を埋めた。それはもうこれ以上無駄口はいわないという意思表示なのかと思ったが、くぐもった声でさらに続ける。
「ったく、てめぇのせいだエルヴィン」
「私の?」
「いつのまにか、てめぇの巨人狂いが伝染っちまったらしい。クソ寒いのに、俺がそんなことを考えるなんて……」

 世も末だ。

 最後の言葉は、リヴァイ自身でも笑ってしまったのか、吹き出したまるい息にかき消されて、エルヴィンにはよく聞こえなかった。

「戻ろうか、リヴァイ」
「ああ」

 だからもう一度。部屋に戻ったら聞いてみようと思うのだ。

 薄い氷の上の雪から導き出される巨人殺しの対策と、彼に自分が与えたらしいわずかな影響のあれこれを。
 寒がりの彼が愛する、熱い紅茶でも飲みながら。



 寒冷地仕様の兵服が可愛い。もこもこ!  お互いがいると1.7倍の戦闘力を発揮するってなにそれ。  1.7倍というあたりがリアルでぞわぞわします。エルリ!