無題

 来るやろ?と言葉は疑問形を成しているのに、その実は念押しだ。
 メールの方が気が楽なのに、当の本人は「声が聞きたい」と恥ずかしげもなくいってのけるから、俊二はばかばかしくなってしまって二の句も出なくなる。
 結果、無言の了解になって、かくして貴重な日曜日はこうして潰れていくわけだ。
 ひとりではこころもとない。仕方がないので、犬を道連れと理由にして、俊二は強すぎる初夏の陽の下に出る。


 「あ、瑞垣さんだ!」
 さほど遠くもない先から、聞き馴染んだ後輩の声がした。目をあげると行く手の先にどこから現れたのか中学の後輩ふたりが並んでいる。
 ひとりは走ってこちらに向かってきて、もうひとりはその後ろを仕方がないという風情でついてきた。どちらもナイロンジャージの下にユニフォームを着込んだ試合前の姿だ。
 「お久しぶりです。試合、観に来てくれるんですか?」
 「見りゃわかるやろ、犬の散歩や」
 城野のポイントをついた質問をはぐらかし、俊二は相変わらずやなと後輩ふたりを眺め見る。一方の片割れはあろうことか先輩から逸れ、足元の犬にまっしぐらだ。
 「わー、ゴンゾウや。ひさしぶり!」
 「お前なあ……なんで瑞垣さんより先に犬の方に挨拶するんや。順番違うやろ」
 「あっ。そっか。すいません」
 「ええよ。おれは別にこいつをぎゅうぎゅう抱きしめて可愛がったりなんかせんからな。代わりに可愛がってやってくれ」
 それはもちろん、と萩は満面の笑顔で犬と戯れ始めるが、ゴンゾウはもう結構な老齢でそれすらもちょっと面倒くさそうだ。
 (笑えるなあ)
 まるで犬が犬を構っているみたいだ。いや、親犬にまとわりついている仔犬といったところか。
 「萩、ちょっと」
 「なんですか」
 「ワン、て言うてみ」
 「……?ワン」
 プッと堪らず吹き出した。それをきょとんと見上げる萩が、まさに仔犬のそれで、俊二は腹を抱えて笑ってしまう。
 「ええなー。絶好調やな、萩。今日の試合はその調子でいけ」
 萩も城野もひとつ下の後輩だ。この春彼らは予定通りなら高二になるはずだが、中学から変わらないこの素直さは驚嘆に値する。それが彼の投手としての持ち味であるところも変わってはいないのだろう。
 「ほんまに城野がおってよかったな、萩」
 「はあ。良かったとは思いますけど。……けど、なんで今たっちゃんの話なんですか?ていうか、ゴンゾウ、駅まで散歩させて貰うてもええですか?」
 「ええよ。ええけど、文章の前後が全然繋がってへんぞ」
 了解を得た萩がわあいと走り出す。聞いていないというよりも、たぶんどうでもいいのだ。そんな相方を半分諦め顔で観ている城野が、その胡乱な視線を俊二の方に向けた。それを泰然と受け止めて投げ返す。
 「萩は相変わらずやな。扱いやすくて面倒やろ」
 「それって文章が破綻していませんか」
 「でも合うてるやろ」
 「萩のこと可愛がってるのに、時々そんな言い方をするんですよね。瑞垣さんは」
 「扱いやすい子は可愛くて当然やろ。けど、ほんまに放っておけんのはお前みたいな子やで」
 「そろそろこいつ放っておいてもええかって、瑞垣さんに思われないといけないんですよね、おれも」
 ため息をつきながら城野に微笑みかけ、「お前も相変わらずお利口やな」と口にした。
 我ながら鬼のようだなとさえ思う。つまりは本人が未完だと気づいていることを、そうだよと断定する余計な言動だからだ。けれど、この責任の一端は鋭すぎる城野自身にもある。
 「犬。嫌いなんですか?」
 「嫌いやったら散歩なんかせんやろ。まぁ、萩みたいに好きすぎるっちゅうわけでもないけど」
 「ですよね」
 「なんの確認や」
 「別に。ほんまに嫌いなことやったら、瑞垣さんは絶対せんやろなって思うんで。それを確認したかっただけです」
 それはなにか。今日のこれからの行先のことを暗に突っ込んでいるのか。
 けれど的確な城野の言葉に安堵したりもする。この鋭さが捕手である彼の持ち味でもあるからだ。
 「電車。乗り遅れんで」
 ”港”と書いてある帽子の庇をぐいと下に引き下げ、まっすぐで純粋な視線から俊二は逃げた。



 ふたりが乗り込んだ電車を見送り、さて距離一駅分くらいは歩くかと思ったところで、秀吾が追いついた。
 着替えもしていない。普通の部指定ジャージ姿に帽子を被っているだけ。まったく呑気だ。
 「後輩ふたりは一本前の電車で行ったで。感心やなあ。お前はこれから追いついて、そこから着替えもせなならんのか」
 「おれ走って行くつもりやったからな。市営球場やったら電車で行くよりそっちの方が結局近いやろ」
 そうでした。こいつはそういうやつでした。
 準備運動がてら、一本隣の駅まで走ることなんて苦にもならないやつでした。
 「俊。観に来てくれたんやな」
 「あほ。自惚れんな。ゴンゾウの散歩にちょうどええ暇つぶしになるなー位のもんや」
 「原田にも会えるしな」
 これからそいつと戦うのはお前だろうと思わなくもない。が、俊二はあえて口を出さなかった。踏み出す足をすこし緩めただけだ。
 「……まあええか。よかった」
 何がよかったのかはっきりとはいわないまま、わずかな隙間に気づいて秀吾自身並び直した距離が前よりも近い。
 腕が触れ合ったりする前に、今度こそすっと引いて、俊二は彼のすこしだけ後ろを歩く。
 「秀吾」
 「なんや」
 「ワンて言うてみ」
 「……なんで?」
 「お前は頭の使いどころを時々間違えるから損するんやで。そこはなんも考えんでもええとこや」

 (考えずにワンって言うような奴なら、ただ大切にして可愛がってやれんのに、あほう)

 昼日中、天下の往来、人がいてもいなくても。
 そんな場所でこいつに甘い顔を見せるのはたぶんこの先きっとないのだろうと感じながら、笑った俊二のつま先は、やわらかく目の前の男を蹴りあげた。





end
サルベージ品。タイトルもついてなかったので無題です。私の書く門瑞のラブはずっとこんな感じでした。平行線の距離がのびたりちぢんだり。