ホームランちょうだい

 真夏日である。

 どこまでも続く、永遠に終わらないんじゃないかと思える果てしのない蒼天を見上げつつ、瑞垣俊二はせかせかと歩いている。
(まったく、ふざけんじゃねぇぞ)
(いまどきこんなことガキでもやんねぇよ)
 怒っている。怒っているからなおのこと急ぎ足になるのだ。ふと、その動作こそが主のためになるのだと気づく。
俊二はじゃんけんに負けたのだ。その結果のおつかい、である。
手には白いナイロン袋。その中にはアイス棒がごろごろと入っている。
(くそ、いっそちんたら歩いてやろうか。そうしたら、こいつも溶けてどろどろや)
 いや、それは駄目だ。どろどろに溶けたアイスクリームを持って帰るのは結局自分ということを思い出せ。
(くそっ、くそっ、くそっ)
 腹立ちまぎれに石ころでも蹴っ飛ばして帰ろうか。
 だが、かなしいかな、アスファルトの上には石のひとつも落ちてやしない。
 川辺を通る時だけ清涼感をかんじる。しんと静まった横手の町は人っこひとりおらず、暑い最中だというのにすこしだけぞっとした。
 川の流れの他は無音。まるでゴーストタウンだ。

 俊二は、ついこの前読み終えたばかりのその手の翻訳本のことを思い出す。あれも気がつけば主人公がひとりきりになり、次に人と出会ったと思えばそれは死霊、ゾンビだった。
 郊外の田舎道。麦畑の向こうから、こちらに向かってくる崩れた死霊。麦畑はないが、川向こうからでも……。
(我ながらなんちゅう想像や。あほくさ。暑さのせいや。これだけ暑いんやぞ。誰かて出たくねぇはずや)
 そりゃあそうだ。まともに考えろ。夏のど真ん中、しかも午後の一番暑い時期だ。子供だってくたばって冷房のガンガン効いた部屋でゲームでもしているだろう。
 今日も暑くなるでしょう。
 テレビの中で気象予報士が、誰だって予想のつくことをさも重要そうに言っていた。
 俊二はもう一度空を見上げた。
 雲ひとつない。
 山の色も遠い。
 雨なんか降るはずもなかった。


「高いで」
 秀吾の部屋に入るなり、その一言だけを叩きつけた。
暑さと、結局急ぎ足で帰ってしまったこと、そしてこんなことを引き受けるはめになってしまった自業自得ともいえる結果に悪態をついた。
「千円や」
「嘘だろ。十本くらいで。値上がりでもしてたか?」
 手のひらをつきつけてきた俊二を怪訝そうに床から見上げて、秀吾は眉間に皺をつくる。
 それにしても暑苦しい部屋だ。そんなに広い部屋でもないのに、図体ばかりでかい奴が床で寝転んでいると邪魔なことこのうえない。
 そう思っていると、のっそりと奴は身体を起こした。
「千円」
 もう一度言った。嘘だとすぐばれる嘘をつく奴なんてあほだと思っていたが、そんなことでも言わないとやってられない。
 八つ当たりだとばれているのだろう。秀吾はぷっと噴出して、それ以上なにも言わず、千円を寄越しもせず、俊二の手からナイロン袋を取り上げる。そうして俊二に一本、自分に一本。残りはさっさと階下の台所にある巨大な冷蔵庫へと収めた。
「やっぱ美味いよな。ホームランバー」
「でもこれ、子供の頃とパッケージが違う気がするで」
「買うとき迷ったか?」
「まぁ、見りゃわかるけど」
 四角いちいさめのアイス(一本六十円)は、高校一年生ともなればもうおもちゃのような小ささだ。ぱくぱく、ぱく、で食べ切ってしまいそうだった。
「あ、」
「なに?」
「あたりや」
 ぱく、の一口目で、それは出てきた。
 焼印でホームラン、と書いてある。これが出たらもう一本もらえる。
「うっわー、どーしよ。コンビニのおばちゃんにまた来た!って思われる」
 それは花の男子高校生としていかがなものでしょうか。うっかりそこに可愛い女の子とか居合わせたら困るじゃないか。さきは人っこひとりいなかったが。
 横から影が寄り添った。
 大きな、大きな影だった。
 想像よりもずっとずっと大きかったので、俊二は、自分が喰われてしまうのではないかと勘違いしてしまった。
 影はにゅっと延びたかと思うと、俊二のすぐ傍で口を開き
「貰い」
 二口目をぺろりと平らげる。

 ご利益でもなんでも欲しいんや、とすぐわかるような嘘を言って笑った男を、俊二はどうすることもできない。
 彼は高校野球最初の夏を、ホームラン二本で終えた。
 来年、それがもう一本でも増えるのなら。
 一口くらいは許してやってもいいかと思った。





end
サルベージしました。これ、なんだったかなあ。インテ無料配布だったのかな。自分が書いた門瑞の中ではラブラブな方です。これでも?イエス、これでも。