プロローグ
遠く、潮騒が聞こえてくる。
薄桃色の花が咲き乱れる草原を、海風がおだやかに渡っていく。
海は見えない。一面を、鮮やかな緑と淡いピンクが埋め尽くしている。
そのただ中に、空を切り取ったような青が見える。それは、スカイブルーの衣に身を包んだ少女……。
美しい少女だった。艶やかな髪が、微風になびき漆黒にきらめく。
白いうなじに光るのは銀鎖の首飾り。
獅子をかたどったシルバーの指輪が、鎖につながれて胸元に揺れる。
少女は、待っていた。
………誰を?
そう彼女は問いかける。ずいぶん長い間、ここで待ち続けているように思える。あるいは刹那の時を。
時間は意味を持たない。大切なのは、誰を待っているのか、思い出すこと……。
最初から、待つべき者などいないのではないか……。ふと、少女の心にそんな疑いが忍び寄る。
不意に、潮を含んだ風が強まってくる。
暖かな陽光は暗雲にさえぎられ、冷気が少女をそこから追い立てるように舞い降りる。
彼方の空では稲光が、雲の腹に複雑な模様を閃かせはじめる。
少し遅れて雷鳴が、飢えた獣のうなり声のごとくにとどろく。
風も泣き叫ぶ。彼女をこばむように。黒髪をあおられ、少女は不安そうに手のひらを胸に当てる。
指先に触れる硬質な感触。獅子の指輪。……それが少女のよりどころとなる。
くる。きっとくる。そのとき自分を見つけられるように、少女はいつまでも待ちつづけると心に誓う。
彼は存在する。そして彼女のいる場所を目指している。なぜならここが約束の地だから。
ふたりで決めた再開の場所だから。
突風が花びらを舞い上げ、視界を薄桃に染める。美しき嵐の中で、少女はにぎりしめた小さな拳を開く。
包まれていたのは純白に輝く一枚の羽根。それは少女の想いを乗せて、風に高く運ばれていく。
空の果てへ。時の狭間へ。傷つき迷う、待ち人のもとへ……。
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